第87章 頬を抓れば、すぐに分かる 弌
side.N
「ほら、言ったじゃない。松本くんなら乗るって」
「こえぇな……いや、ありがたいけどさぁ」
ちびちびとビールに口を付け、大野さんが頬を掻く。
フラれるのは回避したというのに、何だか浮かない顔だ。
ま、それも何となく見当がつくけど。
強かで、繊細で。誰しもそうだけれど、矛盾を抱えたひと。
肴の卵焼きに箸を入れつつ、それとなく顔色を窺う。
このひとのことだから狡いとか、罪悪感もあるにはあるんだろう。
けど困ったことに、決定的に拒絶されなかったことに安堵していて。
それが更に自己嫌悪に拍車をかけてるってとこかな。
「はぁ、それでさ……俺、女装することになった」
「は?え?あー………まぁ、可愛かったですしねぇ」
「嘘だろ!?みんな褒めてくれてたけどさぁ……」
卒倒しそうな勢いだなぁ、いやホント自覚ないな。
珍しく焦っている大野さんを見ながら、他人事のように感心してしまった。
恋が素晴らしいかは知りませんが、凄まじいものではあるようだ。
ドラッグストアの袋はそういうことか、と納得もした。
聞いても黙るから何かと思えば、早くも準備してるってことですか。