【ヒロアカ】血まみれヒーローと黒の少年【原作沿い男主】
第6章 謎の少年
よく分からないが、どうやら納得してくれたらしい。飯田はぶんぶんと腕を振り回しながら翔を囲む輪に近づいていく。「まーた委員長のシャカリキが始まったぞ~」「何だよ飯田~」と、生真面目なクラス委員長を迎える声はからかっているようで温かだ。
ひとまず何とか誤魔化すことができて、出久はほっと胸をなで下ろした。飯田は出久と翔の事情など全く知らないし、純粋な疑問を投げかけただけだと分かってはいるが、それでも一瞬見透かされたのかと思ってしまった。まったくもって心臓に悪い。
「別に俺は大丈夫だよ。気遣ってくれてありがとう、飯田」
飯田の闖入にしかし、翔は気を悪くしたでもなく柔らかく微笑みながらお礼を返した。
優しい表情だ。自分が抱いている彼への疑念が、何かの妄想なんじゃないかと思えてきてしまうくらいに。
『隠さなくていいよ、全部知ってるから』
そう、どこか宥めるように言った彼の声も、あのときはひどく優しく、気遣わしく聞こえたものだ。あれが人を騙し、利用するための紛い物だったのだとしたら、彼の騙しの才能は相当のものであるということができる。
『お前が隠していることで、何か困ったことがあったら俺に頼るといいよ。力になれるかどうかは分からないけど、話くらいは聞いてあげられるから』
(だとしたらあの言葉も、嘘?)
翔が出久を貶めようとしているのなら、その可能性も十分にあるだろう。翔が少なからず危険な存在で、自分を騙そうとしているのではないかという予想は、今現在肯定される要素も否定される要素も含まず、薄ぼんやりとした不安と焦燥を孕んで出久の心の底に吹き溜まっている。
しかし、ただ待っていることしかできないこんな状況下にあっても、出久はあのときの翔の言葉が嘘だとは思えなかった。騙すにしたところで露骨すぎるとか、あんな衝撃発言をしてこちらを警戒させるメリットがないとか、それらしい理由はいくらでも並べることができたけれど、出久はそうした理由は一切なしに、それでいてはっきりとした確信を持ちながら、翔の優しさが本物だと信じていたのだ。