第2章 照柿(てりがき)
部屋に入り向かい合わせに座ると、道三様がさっそく口を開いた。
「さて、ろき様。昨夜は嘔吐されたと伺いましたが」
「はい。鴨汁の湯気に触れたとたん、吐き気が込みあがってきまして……」
「しばし横になって頂けますかな? 触診しとうございます」
「はい」
用意された褥に仰向けになる。
横たわる私に近づくと、いつになく神妙な面持ちでそっと手首に触れ脈をとった。
やけに静かで、違う雰囲気を纏う道三様と、とくとく脈打つ心臓の音が気になって緊張してくる。
ーー幸村は『悪い病だったら』って心配してたけど、吐き気はもうないしそれ以外何ともない。
自分にいい聞かせる間にも上から順に丁寧に触診されていき、おへその辺りに手が触れた時、確かめるように私に尋ねた。
「月のものは、いかがですかな?」
「えと……葉月はあって長月はありませんでした」
「神無月であるこの月は?」
「まだです」
「ふむ。幸村様をお呼びしてもよろしいか?」
「え? 私なにか悪い病なんですか!?」
「共に聞く事に意味があるのでございます」
何もなければ幸村を呼ぶ必要はない。
意味深な言葉に急に不安になる。
口ごもる私にやさしく微笑み部屋を出て行く背中を見送る。
不安に駆られ褥に体を起こしたと同時に襖が開いた。
幸村を連れ戻って来た道三様は私の隣に座るように促す。
「ささ、幸村様。こちらへお座り下さい」
「ああ」
幸村は不安そうな表情で腰を下ろし胡座をかくと、道三様も後に続くように私達の目の前に正座した。
庭から差し込む秋の日差しが後光のように道三様を包む。
小さく息を吐くと、私達を慈愛に満ちた眼差しで見つめ深々と頭を下げた。
「おめでとうござます。幸村様、ろき様」
「『はい?』」
「お二人の愛が形になったのでございます。」
「『……はい?』」
「ろき様は、懐妊されております」