第34章 〈番外編〉君は夏に微笑む
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そんな賑やかな祭りの裏で、
ふたりの大人が向かい合っていた。
若く見える女と、長い髪を結んだ男。
間の机に置かれた水からは、カランと氷の溶ける音がした。
きっとコレは、最初で最後のことだろう。
もう二度と、このふたりが席を交えることは、きっと無い。
ふたりはなにも発さないまま、時は静かに流れていく。
もう一度氷がなったのを合図にしたように、女の方が、結んだ口を持ち上げた。
「私は……嫌だ、と思っています。」
そんな抽象的な言葉でも、男の中では重要な意味を持つ。
だからこそ、何も返さず黙っている。
「結局、守れなかったじゃないですか。守るため……だったのに。」
「仰る…通りです。」
丁度よく冷房の効いた部屋で、熱くはないはずだ。
しかしふたりのコップの水は、みるみる減っていく。
「私…ひなたに……お願いされて…。お願いねって…ひよこを、お願いねって。」
「……。」
「なのに…私……約束…守れなかった。」
「貴方のせいでは……」
男は途中で言葉を噤む。
なかなか見ることのない、大人の涙を、見てしまったから。
下を向いた瞬間にキラと零れたそれは、見てはいけないもののようで。
男は慌てて水を一口飲んだ。
「ごめんなさい…。あの子の泣き虫が移ったみたいね。」
冗談めかして言う言葉も、ああそうなのかと腑に落ちてしまう。
「ひなたが死んで、私があの子の保護者になりました。」
斜め下を見つめたまま、女は続けた。
「ひよこ、すぐ気を使ってしまう子で。最初の頃は、本当に…本当の笑顔で笑ってくれなかったんです。」
そうして続くその言葉は、むかしむかしのあの子の話。
“お母さん”になろうとした女の話。