愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第12章 以毒制毒
翔side
そこにいる誰もが、言葉を発することができなかった。
兄さんが父様に似ている……
松本家の跡継ぎとしての資質を兼ね備え、父様と肩を並べても遜色ないほど堂々とした立ち居振る舞いが自然にできてしまう兄さん。
あの父様に臆することなく対峙していた姿に憧れを抱くと同時に、背筋が凍りそうな冷酷さを感じたこともあった。
兄さんはおれが知らなかった父様の情慾に塗れた穢い行いを、否応無く幼い頃から目の当たりにし…
それでも跡継ぎとして父の背中を追わねばと、無意識のうちにその生き方をなぞっていたのだとしたら
「だから…澤は……」
全てを見てきた澤だったから…
一人で…全てを終わらせようと、した…
そのあまりにも哀しい決断に、掛ける言葉すら見つけることができなかった。
息をするのも忘れたかのような長い沈黙が続き…
ゆらりと立ち上がった兄さんは、何も言わず、そのまま部屋を出ていってしまった。
どうしたらいいんだろう…
悲しみの深さと、告げられた事実の重さに、鉛を呑んだみたいに身体が重くて、顔を上げる気力すら湧いてこない。
指一本、動かすことのできなくなった背中に、温かい手がそっと触れた。
抜け殻みたいになったおれに、温もりを分けるように触れた手が誰のものかなんて、見なくたってわかる…
「…さとし……」
そう呟いた声の頼りなさに、唇を噛んだ。
だけど智は何も言わず、ただ静かにおれの背中に温もりを与え続けてくれた。
どれくらいそうしていたのか、
「雅紀さん…」
小さな声がして、その気配にゆっくりと振り返ると、落ち着いた眼差しでおれを見つめる雅紀さんと和也が立っていた。
「話は…聞いていたよ」
彼はそう言って部屋に入ってくると、澤の傍へと膝をつき、
「辛かっただろう…」
そう…たった一言だけ声を掛けた。
それは全てを見通した彼だったから、そう言えたのかもしれない。
だけど今のおれには受け入れられない言葉だった。