第14章 (日)鬼ごっこ
時間を稼ぐように少し作業をしてから約束していた場所に行くと、もう菊はそこにいた。
遠目でもわかるすらりとした肢体は見間違えようがない。
風が吹いて菊の髪を揺らす。さらさらとした髪の向こうに整った横顔が覗いて、まるで一枚の絵のようだ。
こんなに桜が似合う男もそういないだろう。今は桜の季節は過ぎてしまっているけれど、満開の桜の前で着物着せて立たせたらそれはそれは綺麗なんだろうなと思った。
菊は自分の手の平に指で何かを書いていて、何だろうと思っていると手の平を唇に当てた。
どうやら「人」という字を書いて飲み込んでいるらしい。何を子供っぽい事を、と苦笑しながら私は近付いた。
「菊」
「あ、璃々さん。来てくださってありがとうございます」
「ううん。で、話って?」
わかってるけど私は問う。まるで少女漫画みたいな展開だ。
告白されて、私は頬を赤らめて、驚いて、私も前から好きだったとかなんとか言って、付き合いを始める。
そんなストーリーが目に浮かぶけれど。
罪悪感に私の胸は騒いだ。
「あの、璃々さん…私……」
菊は唇を震わせる。
「私、璃々さんの事を、…お慕い申し上げているのです」
ざあ、と風が抜けた。菊の言葉を拐うように。
短い言葉だったが菊の目は真剣そのもの。恥ずかしがりながらもやっぱり真っ直ぐに私を見ていて、捕らえていて、私はその視線を受けながら逸らす。
無言の私に菊は不安そうな顔をした。
「…あの、ですから……いえ。もし、もしも璃々さんが私を好いてくださっているのならこれほど嬉しい事は無いのですが、好いていなくても構いません。友達からで良いんです、私と…」
「ごめんね」
私はガラスの扉の前で、菊の顔を見ないよう目を塞いだ。
「私、今、彼氏作る余裕無いんだ」
「…………」