第16章 たったひとつの (監禁)
呼吸の音しか響かない。時計の音も聞こえない。
世界は常に暗闇だった。闇の中で触れるものは無機質しかなかった。
時々風の音がして、時々鳥の声がして、時々自分の咳き込む音がした。
「…バージル…?」
「何だ」
「ど、こにいるの」
瞳は開けているのに、目の前は暗闇。いつからか私は一日の大半を目隠しで過ごしていた。
なぜって、それは彼が望むから。
彼が言ったから。
「お前は、余計なものは見なくていい」
「余計な事はしなくていい」
「見れば何かしら考えるだろう。迷うだろう。何かに触れれば怪我をするかもしれない」
「そんなリスクは犯さなくてもいい。俺がいつでも側にいる」
世界に余計なものなんてあるの?
考えずに迷わずに生きていける人なんているの?
そのリスクを背負うのが生きるという事なんじゃないの?
思えど、届かず。
ふわ、と空気が動いた。
家のボディソープの匂いがする。さらりと髪が触れられる感覚がして、目を覆う布が外れ、いきなり視界が明るくなる。
目の前に綺麗な綺麗なバージルの顔があった。
とても満足そう。
眩しさに目を細める私を笑い、瞼に唇を落とす。
「お前に似合いそうな服があったから買って来た」
その一言に、私は息を止めた。
プレゼント。普通は喜ぶべきなのだろうが、ことはそう簡単にはいかない。
部屋中にある服、家具、寝台、化粧品、アクセサリー、全てが彼からのプレゼントだった。
似合うから、と買ってきた彼の思いは、どこから。
どこからどこまでいつからいつまで。
「お前は何もしなくていい。俺の側にいるだけでいい。それだけで、俺は満足だ」
かつてそう言った彼の純粋な想いは、いつしか狂気に変わっていた。
手を汚すなと彼以外のもの全てに触れる事を禁じられ、治安が悪く危ないからと外出は許されず、火傷をするからと料理は出来ず、怪我をするからと掃除も止められ。
閉じ込める事と保護する事は違うと、それくらい聡い貴方ならわかりそうなものなのに。
それでも。
「あり…がとう」
その一言を言うだけで見られる彼の優しい微笑みに、私は捕らわれている。
2008/03/15