第20章 動く2
「ほれ見よ、猿が吠えておる。吉右衛門、いろは屋の主自らが見定めてきた品、もったいぶらずに早くだせ」
「これは失礼致しました。秀吉様、ひいろのためにありがとうございます。しかしこちらの品は、秀吉様にも気に入って頂けるかと」
そう言うと吉右衛門は再度頭を深く下げ、立ち上り供の者に合図を送る。すぐに供の者の手により、酒樽が三つ荷車から下ろされる。
「こちらは、幻の銘酒と言われる美酒で御座います。そちらに買い付けに出掛けた所、他にも珍しいものが手に入りましたので、是非皆様に……」
そう言いながら吉右衛門は酒樽に近づき、蓋を開ける。
「おや、一つは腐ってしまいましたか」
中を覗くと顔をしかめ、その酒樽をどさりと横に倒す。
「なっ!!」
「人!?」
中から托鉢僧姿の男が、玉砂利の上へと飛び出してくる。男は後ろ手に縛られ猿ぐつわをされていたが、ぴくりとも動かず口元の手拭いが血に染まっていた。驚く武将達をそのままに、吉右衛門は次の酒樽を開ける。
「さて、こちらは腐らずにすみましたよ」
そう言うとにやりと笑い、また酒樽をどさりと倒す。中から侍姿の男が、先程の男と同様に後ろ手に縛られ猿ぐつわをされた姿で飛び出してきた。こちらはまわりに人がいるのが分かると、怯えたような顔をして身を縮めた。
「顕如と糸野屋の手の者でございます。やっと餌に食いついてまいりました」