第18章 【番外編】いろは屋~その3~
「殿方は……」
「ん?」
「……帰る場所というのを、幾つもお持ちなんですか……ね」
「帰る場所ねぇ」
酒を含む遊女の口元が寂しそうな笑みを浮かべ、すぐに消えた。
「幾つも持ってる男もいれば、一つだけと決めてる男もいるだろうね」
「……そういうものですか」
「男だけじゃない、女だって同じさ。決めといたって帰りたくなくて、あたし達みたいな所で寄り道していく奴だっているだろうしね。帰りたくても帰れない奴もいる。色々だよ。ただ……」
「ただ?」
「本当に帰る場所ってのを持ってる奴は、強いんだろうねぇ」
「強い?」
「そう。色々、とね」
「色々?」
「帰りたいってことは、そこに大事なものがあるんだろうからね」
「大事なもの……」
考え込むひいろを見て遊女が小さく微笑み、ちびりと酒をなめる。
「はじめて……殿方に待っていてくれるかと言われて」
「うん」
「おかえりなさいと伝えられた時、とても嬉しかった」
「うん」
「でもその方には本当に帰りたい場所が別にあったようで……私はやはり誰かの代わりにしかなれないのかと思ったら、なんだか胸が苦しくて……」
「そうかい」
「……はい」