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【HQ】片翼白鷺物語(カタヨクシラサギモノガタリ)

第2章 君のボールに恋してる


 どうしちゃったんだうちの主将は……と狼狽える白鳥沢のメンバーを尻目に、一切の物怖じなく朔弥は牛島に一歩近付いた。
「バスに乗り込む時間までには着替えて荷物まとめなきゃいけないから、あんまり本数は打てないと思うけど」
「かまわない、頼む」
「いいのいいの、そんなかしこまらなくっても。ああ、滝川。着替え終わってんなら付き合ってよ」
 ボールを上げてもらうため、後輩の一人を手招く朔弥の揺れる指先を観察してみる。爪を短く切りそろえた長い指は細く、白く、特別鍛えているようには見えない。けれど、なめらかでしなやかだ、と牛島は感じた。
「牛島くん? とりあえず、どんなやつ上げたらいい?」
「最初の、あの一本」
「! あー、あれね。なるほど」
 たしかに、あの一本目は特に綺麗にクロスで打ち抜いてくれたよねえ、とクシャリと破顔し、朔弥はポーンと後輩に上げさせたボールの下で、すうっと構えた。

 トッと朔弥の指先に一瞬捕らえられたボールは、ふわり宙に舞う。山なりの高いトス。助走を始めた牛島のシューズが床を蹴り、踏み切る音がキュッと鳴った。

 ここ、という場所に綺麗に落ちてくるそのボールに、ざわっと肌が粟立ち全身の毛が逆立つような感覚に襲われる。いい、と思わず口角が上がるのを抑えられない。
 そして振り下ろしたその手のひらに慎ましやかに寄り添うよう身を委ねたそのボールは、そのまま思い通りのポイントへまっすぐに吸い込まれていった。

 まさに砲撃を思わせる凄まじい音を立てて床を跳ね、一気に二階のギャラリーにまで到達したそのボールが、かなた遠くの方でタンタン、タン、と威力を落として転がる。フロアにいた全員が、唖然とした表情でそのボールの行方を目で追う中、牛島はじっと自身の手のひらを眺めて、なんだ、と一人胸の中で呟いた。

 なんだこの感覚は。なんだあのトスは。あれが満点のトスだというのなら、これまで打ってきたそのどれもこれも、全てがせいぜい及第点、というものばかりじゃないか。
 じわじわと熱を帯びる手のひらから視線を上げると、柔らかい視線と交差した。
「もう一本、いっとく?」
「ああ、もう一本……!」
「そうだ、せっかくだから誰かブロック練やりなよー!」
 壁があるほうが燃えるだろ? と牛島に同意を求めた朔弥が人懐っこく笑いかける。
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