第8章 軍隊狸ーゴールデンカムイ、月島ー
言われた意味がわからず、男から離れて立ち直しながら呟くと、男はポンと手を打って頭を掻いた。
「ほい。これは失敬。地の言葉の出てしまい申した」
若いかと思えば、笑い皺が馬鹿に深い。よくよく見ると、壮年か、いやいっそ老年の年寄りにも思われる。しかし、正面きって目を合わせれば、矢張り若者に見える。格好を見れば歩兵の様だが、赤い軍服が異様だ。見覚えが無い。
「何処の部隊の者か」
眉根を寄せて尋ねると、笑顔が返って来た。
「後方支援部隊の者であります」
「所属を聞いている」
「はあ、まあ、なら第三軍という事にしましょうかなぁ。大将のお膝元ですわ」
「後方支援?第三軍所属のか。第三軍は全隊出兵している筈だが」
「ですから元々後方支援なんですわ。話のわからぬ人ですなあ」
妙な奴だ。警戒して思わず一歩下がった足が右で、不覚にもまたふらつく。
「今が今山を下りようたって、そりゃ無理ってモンでありましょうや。先ずは座ってお休みなされ」
男が、トンと肩を突いて来た。何をする、と言う間もなく、すとんと腰が落ちた。
軽く突かれただけで何だ、このザマは。
しかし情けなくなるより疑問が湧いた。たかだかこんな事でされるがままに腰が落ちる俺ではない。この兵は何か奇体な体術の心得でもあるのだろうか。
「妙な顔をしなさんな。何も悪さはしとりません」
男は気安げに隣に腰掛けて雑嚢から竹筒を取り出した。
「儂ゃタマキ一等卒と申しまするが、アンタさんは何処のどなたさんでおらっしゃられる?」
成る程、栓を抜いて突き出された竹筒に玉木の字が彫り付けられている。しかしその竹筒が妙に匂う。
酒だ。
何故一介の歩兵がこんなものを持っている?
「毒など入っとりゃしませんわい。薬と思って呑みなされ」
押し付けられた竹筒から酒精が漂う。
「いや、悪いが要らん。傷に障る」
即座に断ると、玉木と名乗った妙な男は首を振ってにこりとした。
「こりゃ障りゃしませんわ。何せ天宮の神酒でありますから」
何を不逞な。こいつ、酔っているのか。
「まあまあ、儂らは悪さと嘘をこの戦の終わるまで封じられておりましてな。アンタさんみたようなしょーらしいお人にちょいとわるすしとうなっても、じょんならんのですわ。つまらんこってすな。ははは」
いよいよ酔っているようだ。何を言っているのかさっぱり解らない。
