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短編集【庭球】

第50章 God save the King〔跡部景吾〕


庶民の通過儀礼一つも知らへんのやもんな、と笑いながら話す忍足をまた睨む。



「…参考にならない」
「しゃーないやん。モノで勝負できひんのやから、あとはコトやろ」


気を悪くしたのか、忍足は少し声を低くして言った。
ここで見捨てられたら困るので「モノじゃなくてコトって、たとえば?」と続きを促す。


「ベタなとこやと『初めてをあげる』っちゅーんは効くわ…って、まあもうとっくに抱かれとるやろけど」
「うー…、ん」
「こんなとこで照れんなや、こっちまで恥ずかしなるやろ」
「はい…」
「まあ、なんや、男はベタなんに弱い。それは保証したる。彼女の方から誘ってやるんが一番ええんちゃう?」


普段は絶対にやらん、自分で思いつく限りのエロい方法で、と忍足は表情を一ミリも変えずに言う。
私は自分の中での忍足の評価を、ロマンチスト改め単なる変態メガネと書き換えた。


「おん、それがええと思うで。いくら跡部でも金では買えへんもんやし、林としては勇気は必要やけどエコノミーやん。さすがは俺やな」


忍足が腕組みしながら自分のアイディアを自画自賛していると、チャイムと同時に教授が教室に入ってきた。
私は「ありがと」と一応変態メガネにお礼を言う。
授業のノートを取ることに注意を向けようとしたけれど、あまりに退屈すぎて、私は再び答えの出ない禅問答に身を投じることにした。




景吾と付き合い始めたのは、半年ほど前だ。
大学から氷帝に入った私は、内部生の女子から現人神のような扱いを受ける景吾のことを最初は全く知らなかったし、その存在を知ってからも失礼ながら「なんだか宗教じみているな」程度にしか思っていなかった。

景吾は、自分のことを必要以上に知らない、媚びない私が興味深かったのだと思う。
事実、まさに宮殿と呼ぶにふさわしい大豪邸に住んでいることも、たいていのものはブラックカード一枚で支払ってしまうことも、付き合ってから初めて知った。
ごくごく一般的な家庭をルーツに持つ私にとって、どれもこれもが規格外で想定外だった。
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