第1章 1
ことり、と壺と机のぶつかる音がして、右頬に冷たい指が触れた。
何も見えないからそれにすら大袈裟に肩が跳ねてしまう。
「じっとしていて下さい」
「はい…」
閉じた瞼にぎゅっと力を入れると、ねっとりと濡れた指が下唇を撫で始めた。
最初は粘度の強さに引っ掛かりがあったが、馴染んで来るとそれなりに滑りもよくなってきた。
意外に心地良くて気を抜いていると違和感に気付いた。
唇はとうに蜂蜜で塗り潰されているのに、鬼灯は更に蜂蜜を乗せてくる。一滴、また一滴と蜜が足されていく。
(あ!…)
とうとう蜜が零れ、唇の端から顎へと流れ始めた。
拭おうとして手を上げたら、その手を鬼灯につかまれる。
「鬼灯…」
驚いて目を開くとかがち目が至近距離にあって、
「じっとして下さい」
彼が喋れば吐息が唇を撫でた。
「ほっ鬼灯様!近い!近いです!」
「…うるさい」
「んっ…」
唇が重なり、逃げようとしたが後頭部を押さえられて完全に逃げられなくなった。
ちゅ…ちゅ…と、音を響かせながらゆっくり、丁寧に蜜を啜っていく。
せっかく塗ってくれたのに、もうほとんど残ってないだろう。
その僅かな残りも舌で丁寧に舐めとられてしまう。
「ん…っふ…」
ちろりと舐められる度に脊椎が甘く痺れた。
「ほ…鬼灯様…」
「なんですか?」
声を掛けると漸く鬼灯は離れてくれた。やっと目を開けられると思ったのに、目の前の鬼灯は自分の唇を舐めるという色っぽい仕草をしていた。
普段そんな仕草を見せない分、見てはいけないものを見てしまった気がして目を逸らした。
「これじゃ意味ないじゃないですか」
「いえね、蜂蜜を塗りながら思ったんですよ。いくら保湿性があっても乾いた唇に塗っては意味が無いんじゃないかと…」
確かに尤もだ。