第11章 鬼さん、こちら。✔
むせ返る血の海の中で抱き上げた体は、驚く程細く軽かった。
狼狽える私とは反対に、血の気のない顔を無理矢理にでも動かして、姉さんは微笑んでくれたんだ。
血の海は引き裂いた男達のものだけではなかった。
姉さんの体からも、じわりじわりと滲み出る。
私が噛み付いた腕だけじゃない。
その下半身からも。
『ね、さ…お、医者…行かな、と…』
上手く言葉は話せなくて、それでも姉さんを助ける為に何をすべきかはわかっていた。
連れていかないと。
下町の医者の所へ。早く。
『いい、の…私は、…だい、じょうぶ、だから』
大丈夫じゃないことはわかっていたはずなのに。
姉さんはいつものように優しい笑顔を浮かべていた。
駄目。行かないと。診せないと。
姉さんは死んでしまう。
刻一刻と迫りくる死の足音が、まるで聴こえるようだった。
『いや、だ…だめ…姉、さん』
『いいの…私は…』
『駄目…ッ』
『──ぃ…』
姉さんの体を抱いていれば、力なく頭が肩に持たれ掛かってくる。
ぽそりと零れた小さな小さな声が、私の耳に届いた。
『…もう、いいの』
聞いたことのない声だった。
『息が、くるしく、て…痛くて、寒い』
いつも私を心配させまいと、前向きな言葉しか吐かなかった姉さんが口にした。
祈りのような、弱音。
『生きるのが、くるしい、の』
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
わかっていたけれど、きっと頭が否定した。
姉さんがそんなことを言うなんて。
病気で寝たきりになっても、いつか元気になるからと前を向いていた姉さんが。
『だから…もう、いい、の』
『なん、で…』
男達に乱暴にされたんだろう。はだけた寝間着から覗く肌は、白か青か紫でしかない。
特に腹部は酷かった。
まるで腐った林檎のように、青黒く血の匂いを充満させて。
『…もう、治らないの…体に、悪いものを、入れてしまったから』
男達が告げたのか。姉さんの体を侵した毒は、故意的なものだと。
寝たきりにさせるだけでも物足りなかったのか。
体だけじゃなく、その心まで毒で侵して。
『…ゥ…』
みしみしと牙が鳴る。
爪が鋭く歪に変化する。