第37章 遊郭へ
そんな髷を作るには禿達の手も必要となるが、蛍はいつも一人で支度をしていた。
最初こそ禿達は驚き頻りに手伝いたがったが、誰よりも短時間で髷を結い上げる蛍に唖然と開いたままの口をやがて閉じるようになった。
まるで鶴の機織りのように、一人で部屋へこもったかと思えば見事な横兵庫を作り上げてくる。
手間暇がかからないのならそれに越したことはない。
それもまた鬼の擬態能力によるものだとは、勿論誰も知る由のない事実である。
「あ。(忘れたらいけない)」
髪付け油を使わずとも、手で結い上げるだけでかちりと髪は理想の髷に形作られる。
左右を鏡で確認しながら、忘れてはならないと蛍は一つの櫛を飾り付けた。
銀色の光沢を持つそれは控えめながら、物を見る目がある者にとってはかなりの一品だとわかる。
世界に一点だけの、誓いの証だ。
「…うん。よし」
もう一度頷く。
前挿し用、後ろ挿し用と、簪は髷を豪華に飾る為にふんだんに使用したが、櫛は一つしか使わない。
それがこの銀の飾り櫛だ。
妹背となる為に。
夫婦(めおと)となる証に。
想いを形にしてくれた、特別な贈り物。
これを身に付けていれば、どんなに男達の疚しい目に晒されても、欲のある手に触れられても、ただ一人の男の妻でいられる。
『君も、煉獄さん。だからな』
その姓を、君にこそ繋いで欲しいと言ってくれた。
揺るぎない炎の名を持つ、彼だけの愛しい人に。
「柚霧姐さん、準備できた?」
「あっ勝手に入ったらダメだよっ姐さんを待たなきゃ」
「うん。もういいよ、二人共」
そろりと襖の隙間からの覗き込んでくるハルをキクが叱り付ける。
そんな二人を柔い笑みで迎え入れて、蛍は紅を差した唇で弧を描いた。
「今夜もしっかり働かなきゃね」
明日を生きていく為に。
幼いながらも現実を知っている禿達の命もまた、遊女の手に握られているのだ。
薄暗い部屋で火を灯し。
酒に肴に酔いどれて。
女と男の色事交わる。
花の一夜が、今宵も始まる。