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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第36章 鬼喰い



 ゆらりと、まるで空気が水中のような動きで揺らぐ。
 底の見えない暗闇だというのに、不思議と安心する波の影。
 体を纏うそれは四肢を支え、負担を取らせない姿勢でゆっくりと降下していった。


「ぁ…ありがとう」


 地に足が着けば、水に溶けるように波も消える。
 しっかりと地面を踏みしめる村田の足首を、掴んでいた鬼の腕は既に塵と化していた。
 腕の主である鬼の体も、蛍の背後でぼろぼろと崩れていく。


「怪我は?」

「大丈夫だ。彩千代のお陰で助かった」

「では村田さんは、皆の所へ」


 必要なことだけを告げて、すぐに狐面は他所を向く。
 知っている顔の知らない面姿をしかと捉えたくて、咄嗟に村田の足は一歩踏み出していた。


「彩千代っ」


 つい伸びた腕が蛍の裾を握る。
 握ってしまったはいいものの、その先のことは考えていなかった。
 振り返る顔はやはり面で表情はわからない。
 ただ明確なことは初対面の時も、二度目に遭遇した時も、常に強い存在感を放っていたあの炎柱を身近に感じられないことだった。

 無限列車での訃報は聞いていた。
 たった九人しかいない柱の一人が命を落としたのだ。
 そこまで関わりのない隊士であっても、動揺を隠せない程の衝撃であったことは確実。


「の、方こそ…大丈夫なのか?」


 一人で救援に入った蛍の姿に、改めて炎柱の死を目の当たりにした気がした。

 たった数回しか言葉は交わしたことはないが、その数回だけの思いは村田の記憶にも残っている。
 残り続けるだけ、印象深く心に刻む言葉をくれた人だった。

 自分であってもそうなのだ。胸の奥に隙間風が吹くような感覚が残るのは。
 その人を師として傍で学んでいた蛍にとっては、どれ程の亀裂なのだろうか。


「その…怪我、してないか」


 気にはなっても軽率に訊ける程の図々しさはない。
 一度口を噤んで、改めて問いかける。

 決定打はあの巨大な獣が打ち込んでいたが、蛍も身一つで戦っていた。
 日輪刀を使わない蛍は、自然と至近距離での戦闘となる。
 怪我はしていないかと伺いながら、袖を離す。

 その時、はしりと蛍の手が止めるように村田の手を握り返した。

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