第36章 鬼喰い
怯みはしたが、鬼が人外の動きを見せるのは今に始まったことではない。
手放さなかった日輪刀を両手で握り直すと、背骨に力を入れて宙で身を持ち上げた。
足首を掴んでいる腕を斬り落とせばいいだけのことだ。
「く…ッ!」
そう頭では理解していても、体は思うように動かない。
足首だけを持ち上げられた状態で、己の軸だけを支えに重い刀を振るうのは限界があった。
「うわッ!?」
「ひ…ッ!」
焦る村田の耳に悲鳴が重なる。
下げた視線の先には、同じように地中から飛び出した腕に絡まれる同胞の姿があった。
「ようやく全員捕まえたか」
「一体無駄にしてしまったがなァ」
伸縮自在の腕が、大蛇のように奇妙に蠢く。
近くの茂みから姿を現した複数の鬼の腕もまた、習うように地中に突き立てられていた。
(同じ姿の鬼…!?)
奇襲により始まった戦闘に、鬼の姿の詳細までは確認できていなかった。
しかし今なら悠々と立つ姿を月夜が照らしている。
それは先程絶命させたはずの鬼と同じ姿をしていた。
並ぶ二体の鬼もそうだ。
過去、炭治郎が退治した鬼に似たような報告があった。
同じ姿をしたその複数の鬼は、一体の鬼が作り上げた分身だったという。
これも同じ類なのだろうか。
「まァいい。餌は四人。大量だ」
「それも鬼狩りの男ときた。すぐに力はつけられる」
笑う鬼の声が森のざわめきを深くする。
ぎゅるりと蛇のようにしなる新たな腕が村田の頸に巻き付いて、気道を塞いだ。
「ふ…ッぐ…!」
振り下ろした日輪刀は、鬼の腕を軽く削いだだけだった。
踏ん張りの利かない姿勢と、呼吸を止められた状態では効果を発揮できていない。
みしみしと悲鳴を上げる己の体を感じながら、同じ目にあっている同胞に歯を食い縛る。
仲間は一人、先に倒れてしまった。
自分達も同じように命を散らすのか。
頸を締めていた腕の先──鋭い鬼の爪が、村田の眼球を覆うように喰らい付いた。
ぱっと飛び散る赤。
見開く村田の目に映る、宵闇より黒。