第33章 うつつ夢列車
杏寿郎と出会ったことも。
鬼殺隊の存在を知り得たことも。
自身が鬼になったことも。
全てを振り返っていけば、そこに辿り着く。
『…蛍は…生きて…命を……繋い、で…』
姉との、あの日の出来事に。
(そうだ。姉さんはあの日に、私に命を預けたんだ。その身を全部、私に投げ打って)
だからこそ、鬼となっても人の心を持ったまま自分は生きていられる。
だからこそ、決してあり得ないことなのだ。
姉が健常者として生きていることは。
「(これは…なんだ…夢? 私は、確か…杏寿郎と長期の任務に出ていて──)っく…」
必死に頭を回せば、再び鋭い痛みが襲う。
まるで記憶の再生を阻むかのように。
それでも片手で頭を握り、蛍はふらりとその場に立ち上がった。
片手で支えないと立ち上がれない程膨れた腹は、不思議と重くは感じなかった。
(妊娠なんて、していない。そもそも私は、まだ人間には──)
ずきん、ずきんと、頭に杭を打ち込むような痛みが響く。
「っぐ…ぅ…」
「蛍ちゃん…っ気をしっかり!」
食い縛る歯が唇に食い込む。
血が滲んだのか、錆びた鉄の味がした。
不可解な頭痛は邪魔なものなのに、唇を裂く痛みは知っている気がした。
人間にはない、鋭い牙が伝えるものだ。
「血が…っ蛍ちゃんっ」
「離、して。姉さん」
「嫌よッ早く杏寿郎くん達を呼ばないと…!」
「此処に杏寿郎はいない!」
姉の生きる世界に杏寿郎がいるはずがない。
反射的に飛び出した否定は、鈍い痛みを伴う頭に一筋の光を差し込んだ。
はっと目を見開く。
最後に見た光景は、外の景色でも室内でもなかった。
(そうだ。此処は煉獄家じゃない。此処は、)
鬼殺隊本部を出る前から目指していた場所。
否。人間が作り上げた鉄の乗り物。
(無限列車の中だ…!)