第26章 鬼を狩るもの✔
良いはずなどあるものか。
どんなに傷を負っても再生してしまう体を持ったばかりに、心を置き去りにして疲弊させてきた。
あの夜の蛍に違和感を覚えたのは、同じだったからだ。
癒えきっていない心を抱えて、愛を紡いでいた。
初めて見せてくれた柚霧の姿に目が眩んで、見落としてしまっていた。
柚霧の心が、そう感じさせたのだと自己判断してしまった。
無意識に泣いたのだ。怖かったと告げて。
果たしてそれは柚霧だけの心だったのか。
そこに身売りをしていた時のように、柚霧の顔で蓋をした蛍の心が在ったのなら。
「……」
蛍のことは誰よりも知っている。
誰よりも心を通わせたからこそわかる。
例えなんらかの取り引きを童磨としたとしても、己の体を天秤には賭けないだろう。
「…ッ」
そこに合意の上での体の交わりなど、あるはずがない。
──ゴウッ!!
火柱は突如として跳ね上がった。
「きゃ…ッ!」
「チィ!」
熱風に煽られ仰け反る八重美を、咄嗟に実弥が背で庇う。
実弥が振り返った時、既に杏寿郎の体は童磨の目の前に飛躍していた。
ガキン!と鋭い金属音を立てて、衝突し合う刃と扇。
「急だねえ! 蛍ちゃんに当たったらどうするんだい?」
「ほざくな」
一度目の出会いの時、互いに衝突し合った得物はせめぎ合い勝敗を出せなかった。
今回もまたかちかちと戦慄く得物に、力は中間でぶつかり合い止まっている。
はずだった。
ぐぐ、と僅かに杏寿郎が両手で振り下ろした日輪刀が押し進めた──瞬間。
扇を競り押した刃が炎を纏い、熱風と共に童磨の髪を振り払った。
ぱきん、と氷が砕け散る。
小さな欠片が宙を飛び、見開く童磨の瞳に映り込んだ。
ぶしりと血が噴き出したのは、童磨の左腕だった。
綺麗に切断された腕が、扇と共にぼとりと地に落ちる。
「当てるはずがないだろう」
氷でできた蓮の葉に下り立つ杏寿郎の口から、低い声と共に熱い呼吸が零れ出す。
フゥゥ、と細く繋いだ炎の呼吸をぴたりと止める。
それを合図に、童磨の背後で見事な花を咲かせていた蓮がバキンと砕け散った。