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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第24章 びゐどろの獣✔



 感情か、衝動か。何かを抑えるように、自身の手首を強く握りしめている。
 竹笠の下から覗く目は、人間と同じ暗い色をしていた。
 澱んだような、濁ったような。表情は知らなくても、その目は知っていた。

 見た記憶がある。
 影鬼に飛び込んだ中で初めて目にした、狭い部屋に住まう赤い金魚のような女。
 捕食者となる男に組み敷かれながら、掠れるような声でとある感情を告げた柚霧の瞳だ。


「…何されやがった」


 蛍に同情などしなくとも、柚霧に慈悲など向けなくとも。
 あの時、実弥が手にしていた竹刀を組み敷く男へと振り下ろすには、十分な理由だった。


「…さっきから言ってる」


 実弥の問いに素っ気なく応える蛍の言葉は、曖昧なものだった。
 それでも点と点は繋がってしまう。

 所有物扱いされたのだ。
 柚霧と同じように。
 我が物顔で、男に体を道具にされたのだ。


「鬼は共食いはするが、そういうもんは──…」

「知らない。世の中の鬼の常識なんて。ただ、童磨がそうだったけ。私が相手をしたら、花街の人間は食べないって」


 だから甘んじてその行為を受けたという顔はしていない。
 選択肢は何もなくて、その道しか歩むことは許されなかったのだ。
 狭い部屋に住まう金魚と同じように。

 荒く舌を打ちそうになって、実弥はぐっと堪えた。

 何故杏寿郎に報告できなかったのか。
 信頼を欠けさせても尚、蛍が沈黙した思いがわかってしまった。

 相手を想うからこそ曝け出せないのだ。
 実弥が玄弥を前にして、兄の顔ができないように。


「…足、見せろォ」

「え」

「木陰なら足首くらい、出せるだろ」


 村人達は神輿渡御に夢中の為、幸いにも周りに人気はない。
 目立たないようにと刀袋に入れて背に預けていた日輪刀を、するりと抜き取る。

 実弥が言わんとしていることを理解して、蛍も大人しく従った。
 腰を屈めて、袴を託し上げる。
 日除け対策としての黒い靴下を下げれば、足首には煌めく鮮やかな虹色リボンが結び付けられていた。

 木陰の中でも揺らめき光る。
 目を奪う程の煌めきは、人の手では造り出せないものだ。

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