第21章 箱庭金魚✔
「何も」
「え?」
「何も言われなかった。母上の墓参りを誘った時と同じだ」
「……それ、って…」
認めてもらえなかったのだろうか。
子を授かれない事実を抱えて尚、進もうとした杏寿郎の決意は。蛍の思いは。
受け入れてもらえなかったのだろうか。
ショックを隠し切れない蛍の表情に対し、杏寿郎の反応は違っていた。
「今の父上を長年見てきたからわかる。気に入らないことには暴言も出るし、時には暴挙も向けることがある。だからこそ何も言わないということは、多少なりとも譲歩の心があるからだと俺は思っている」
「じゃあ…受け入れてくれたって、こと?」
「うむ。祝言を上げる時は改めてまた報告しますと伝えたからな。始終無言だった!」
「ほ、本当にそれっていいことなの? 槇寿郎さん、どんな顔してた?」
「背を向けられていたから顔はわからない!」
「ぇぇぇ…」
果たして良いことなのかどうなのか。
素直に喜ぼうにも戸惑いの方が強く感じてしまう。
それでも目の前で心底嬉しそうに彼は笑うのだ。
「…槇寿郎さんに、伝えてはくれたんだね」
「ああ。俺と蛍の二人で、ようやく決意できた未来だ。俺はそれを手放したくない」
その笑顔を見ているだけで、理由もなくとも心はすっと軽くなる。
理屈のない想いで心は満たされる。
「うん。私、も」
蛍の背を、形のない手で押してくれるのだ。
「私も諦めたくない。譲歩の心があるなら、また槇寿郎さんにお願いしてみる。否定されなかったのは良いことだけど、やっぱり認めてもらいたいから」
「蛍と酒の場を共にした時点で、父上も認めていると思うが…」
「お酒を嗜む相手としては、ね。杏寿郎も言ってたでしょ。祝福されて家族になることとそうでないこととは、天と地の差があるって。…千くんにさっきね、婚約おめでとうって言って貰えたの。泣きそうになるくらい嬉しかった」
杏寿郎の抱擁から守り抜いた小さな花束を、大事に握り返す。
千寿郎に貰ってから、片時も離さず手にしていた花々だ。