第34章 キューピッドは語る Side:YouⅡ <豊臣秀吉>
かたん、と音を立てて開いた襖の隙間から、秋特有の空気が流れ込んできた。沢を流れる冷たい水のような清冽さで、私の肺を満たしてく。
「こら、何やってる。風邪引くぞ」
「大丈夫だよ」
「お前が大丈夫でも、俺が大丈夫じゃないんだ」
部屋の奥からの秀吉さんの声に返事をすれば、少しだけ叱咤するような声色が近づいてきて、ふわりとした温かさが背中にかかった。
秀吉さんがさっきまで着てた羽織。秀吉さんの匂いが微かに残っていて、まるで秀吉さんに抱きしめられているみたい。
「ありがとう」
「おう。何見てんだ?」
「空…綺麗な三日月だよ」
吸い込まれていきそうな澄んだ夜空。その中空に浮かぶ、輝く白い弧。
その月の輝きを邪魔しないように、周りの星たちは控えめに光ってる。
「ああ…ほんとだな」
どちらからともなく微笑み合って、少しの間二人並んで空を見上げる。
虫の声が遠くから響いてきて、時折風が髪を揺らす。
月に薄い雲がかかり始めた頃。秀吉さんが何かに気付いて声を上げた。
「さとみ、落ちてるぞ」
「えっ?」
懐に入れて持っていた巾着が襖の脇に引っかかるように落ちていたのを、秀吉さんが拾い上げて渡してくれる。
中身を確認しようと口を開けば、入れていた事すら忘れかけてた、あの紙。
「何だ?」
「私の、お守り」
そっと取り出した小さな紙切れを秀吉さんに手渡した。乾いた音を立てて開いた紙の上を、秀吉さんの視線が滑っていく。
「ずっとね、思ってたの。秀吉さんと両想いになれなくても、私の気持ちだけはいつか伝えようって」
自分の覚悟と、秀吉さんへの想いと。
それを忘れずに大切にしておきたくて、恋文を書くついでに筆を走らせた。
いつかこの言葉を、秀吉さんに直接伝えられる日が来ますようにと、願いを込めて。
「秀吉さん、大好き」
こんなに早く訪れるとは、思ってなかったけど。
「お前…ほんとに可愛いな」
羽織ごと私をぎゅっと抱きしめて、秀吉さんが笑った。