第34章 キューピッドは語る Side:YouⅡ <豊臣秀吉>
「…嘘」
「嘘じゃない」
嘘、だよ。
そんなこと、天地がひっくり返ったってある訳ない。
冷たい廊下に立つ私の体は冷え切っているはずなのに、秀吉さんと繋がれた手だけが、どくどくと脈打つように熱い。信じられないでいる私を尻目に、秀吉さんは優しい瞳で微笑んでいる。
その目を見続けることが出来ずに、私は下を向いた。
「か、からかわないで…」
「からかってなんかない。俺がそういう冗談嫌いなの、知ってるだろ」
手を離してほしいのに。後ずさりしたいのに。
秀吉さんの強い力で、私の手は逆に引き寄せられてしまう。
私の顔を再度のぞき込んできた秀吉さんの眼には、強い光が灯っていて。それは到底、私をからかうようなものじゃない。
ほんと…なの?
頬を思いっきりつねりたい。
本当の私は、あの廊下の端にまだ座り込んでいて、壁に寄りかかって眠っているんじゃないのかな。
そんなことを考えていた私の額に、唐突に何かが触れて離れた。その正体を考えるまもなく、今度は体ごと二度目の温かさに包まれる。
「まだ信じられないか?」
聞こえてくる声の近さに、体が震える。
秀吉さんの腕に力がこもって、どこか遠慮がちだった抱擁は今、拳一つ分の隙間もないくらい。
「さとみ、好きだ」
「あ…」
さっきよりも近い言葉が耳朶を震わせて、柔らかくて熱い口づけが頬に下りてくる。その感触が額へ触れたのと同じものだと分かった私の顔はきっと今、どんな夕焼けの空よりも赤い。
ただそれ以上に、秀吉さんの声で紡がれる「好き」という言葉が…私の心を震わせる。それはいつも思い描いてた、決して叶うはずのない遠い夢。
熱い、苦しい、痛い。
よく分からない感情の波が身体中を駆け巡って、目の前がちかちかする。
「わ、私…」
言わなくちゃ。私も好き、って。
けれど、簡単なはずのその言葉が口を出ていかない。我慢してたはずの熱い滴が、今度こそ私の視界を覆い尽くしていて…身じろぎ一つで溢れ出してしまいそう。