第31章 キューピッドは語る Side:M <豊臣秀吉>
「…本当に、それしかないんでしょうね…っ」
「俺を信じろ」
「……」
家康め、俺がせっかく太鼓判を押してやってるというのに、なんだその眼は。あんたが一番信用出来ない、とでも言いたそうだな。
俺が考えた作戦というのは、こうだ。
何か理由を付けて呼び出したさとみを、家康が抱き寄せるなり、口づけるなりしている所を秀吉に見せる。ただ、これだけ。
家康の事を頼りにしているとはいえ、突然そんな事態になればさとみだって抵抗ぐらいするはずだ。家康が罵られ、さらに頬を叩かれでもすれば、秀吉だって二人がそんな関係にないことを察するだろう。そこへ秀吉がさとみを助けに入り、その勢いのまま愛を告白。完璧だ。
「ていうかそれ、俺が悪者じゃないですか。下手したら秀吉さんにも殴られそうですけど」
「安心しろ、ちゃんと俺が割って入って説明してやる」
「はあ…最悪…」
「踏ん張れ、これで最後だ」
安心させてやろうと、顔に笑みを浮かべて家康の肩を叩いた。そんな俺を胡乱気に見て、家康は大きくため息。
「…やればいいんでしょう、やれば」
「潔いな」
「ここまで来た以上、俺にも意地がありますから。ただ…口づけまではちょっと」
「その辺りはお前に任せる。上手くやれ」
その後俺達は暫く、作戦について打ち合わせを続けた。さとみを呼び出すのは、夕刻。
その時間、秀吉は三成と共に信長様の元を訪れるはずだ。確実に通る場所に目算を付けておけば、偶然を装って目撃させることが出来る。
簡単な作戦だ。秀吉が通らなければまた別の機会にすればいいだけだし、余程のことがない限り失敗はあるまい。
さとみに作戦を教えておくのは…あの娘はすぐ顔に出るからな。やめておくのが懸命だろう。
「あの子を呼ぶよう、女中に頼んできます」
「ああ、頼んだぞ」
ひとしきり論議した後、覚悟を決めた家康が立ち上がる。いよいよ作戦開始だ。
遠くなる背中を見送る一方で、俺は家康がさとみを呼び出すはずの場所へと足を向けた。何気なく歩いているように見せながらも、俺の心は逸る。
いい退屈しのぎだ。
何か予期せず面白い事が起こるような気がしてならない。三人の反応を、余す所なく観察出来る場所へ陣取らなくてはな。