第26章 それゆけ、謙信様!*氷解編*
「どう見る」
翌朝。開け放たれた障子から吹き込んでくる身震いするほどの冷たい風を受けながら、信長は城門を見下ろしたまま背後へ問いかけた。
後ろへ控える秀吉と光秀が、対照的な表情を浮かべる。しかめ面をしながら口を開いたのは、秀吉。
「俺には外出の許可が出て、嬉しくてはしゃいでいるだけのように見えますが…」
「俺には、男に会いに行くのに浮かれてるようにも見えるが」
「信長様の仰り様、ご尤もです」
信長の言葉に微笑んで頷く光秀は、少し考えるように言葉を続ける。
「政宗によると、梅干しの美味い店を探していたとか。…女中に贈ると言っていたようですが」
「そういえば三成も昨日、あいつにぶつかってしまったと零してたな…まあ普段から二人ともぼうっとしてるが」
「秀吉、こんな時こそお前の出番だろう。それとなく尋ねてみろ」
「こういう事はお前の方が得意だろうが」
「俺は桜に嫌われたくないからな」
「おまッ…俺ならいいのか!」
「自分でこの間そう叫んでいただろう。もう忘れたのか?」
光秀が意地悪く笑うと、秀吉がぐっと詰まる。家臣二人が静かになった所で、信長は口を開いた。
「光秀。貴様の斥候を数人桜につけろ」
「お館様、それは…」
光秀が、信長の言葉に目を見開く。秀吉も驚いたように口を開けている。
「まずは、あやつが何に現を抜かしているのか見定める。問いただすのはその後だ」
「…御意」
静かに頭を垂れる。信長の目に満ちる本気の光に、二人は意見など無意味だと悟った。
静かになった部屋で、信長は足元を見下ろし続ける。城を意気揚々と出て行った桜の姿はとうに見えなくなっていたけれど。
「…待っていろ」
まだ見ぬ敵へと宣戦布告する信長の口元が、挑戦的な笑みを浮かべる。桜の笑顔の先に、もしも腑抜けた男がいようものなら。
許さん。
桜のあずかり知らぬ所で、事態が不穏に動き出す。