第34章 ・無防備と漫画雑誌
「お前が楽しんでいるならそれでいい。こちらに来てから何もないという事はなかっただろうが以前よりは」
「ずっと良いです兄様。今は怖いくらい幸せです。」
「そうか。」
「兄様は。」
「愚問だ。」
「申し訳ありません。」
文緒は義兄の膝の上に座り直し、自分の腕にはあまりあるその首に両腕を回す。
「起きていても無防備な娘は困りものだ。」
ちっとも困ってないように聞こえる声で若利は呟きそのまま文緒と一緒にベッドに倒れ込んだ。
「念を押しておく。俺がいない間は本当に用心しろ。瀬見と五色と文芸部の部長にも俺から話をしておく。」
「あの兄様、部長まで巻き込まないであげてください。」
「奴はしばしば俺に嫁をちゃんと見ておけなどと言ってくる。問題はあるまい。」
「私の知らないところでああ何て事。」
「不満なら大平か天童に頼む。瀬見達だけでは手が足りない気がする。」
「大平さんも巻き込まないであげてください、天童さんは親切ですがいたずら心がしばしば行き過ぎます。」
「山形」
「さんもやめてあげてください。ただでさえクラスで兄様の天然に苦労されてるでしょうに。」
「俺は天然ではない。」
「生簀(いけす)で育ったと仰るおつもりですか。」
「それにはどう答えればいい。突っ込みというものは不得手なのだが。」
「とにかく十分です。」
「そうか。」
これで天然でないと言い張られてはなかなか辛いものがあると文緒は思う。いい加減話は終わるかと思ったが義兄は忘れていたと最後にとどめを刺すような事を言い出した。
「俺がいない間烏野方面に行くのも許さん。」
「藪から棒にどうなさったんです。」
「学外でお前が無防備になりかねん相手がいたのを思い出した。ヒナタショウヨウ、カゲヤマトビオ、あとは誰だったか。どうにも覚えにくいのがいたが。」
「縁下力さんです、度々お世話になってますから覚えてあげてください。」
「どうでもいい。」
「良くありません。」
「とにかくあの方面には行くな。」
「本当に頑固だこと。」
「何とでも言え。」
若利は呟いて強引に文緒を抱きしめ直す。
「何を言われようと愛している。」
「ずるいです、兄様。」
文緒はため息をつきつつも微笑み、義兄の胸に顔を埋めた。