第29章 ・ウツイの娘 その1
「若利」
呟く瀬見に若利がああと頷く。
「どこへなりと行け。」
とどめを刺すかのごとく若利は相手をねめつけて言った。
「そして出来る限り文緒の前に姿をあらわすな。」
相手は言われた通り去った。脱兎の如く逃走し、走りながら宇津井マジで悪かったと叫んでいる。
若利は文緒を抱きしめる腕は全く緩めないまま黙ってその後ろ姿を見送っていたがやがて小さく言った。
「宇津井ではないと言ったのが聞こえていなかったのだろうか。」
「そういう事ではないと思います、兄様。」
「そうか。」
こんな時でも義兄のボケは揺るがないようだった。
次章へ続く