第29章 桜の咲く頃 五幕(一五歳)
怒る秀吉に、くつくつと笑う光秀
信長の両腕はこうも対応が異なるのだ
「なにか用があったのか?話を聞いている限り、あまり単独行動はすべきではないと思うが…」
リリンという鈴の音とともに現れたのは二人の女だ
その片方が怪訝なまなざしで信長を見ていた
「ほぅ…」
見返せば、確かにそこには白粉がいる
だが、信長が見知った姿より幼く
光秀の書面通り、湖の姉といえる姿なのだ
「なるほど…納得いった」
ふっと笑えば、白粉の隣でその手をつないでいた湖が
「信長さま、ご機嫌いいの?あ。かかさまを見に来たの?だめだよっ、かかさま、かわいいからって連れてかないでねっ!湖のかかさまだからねっ!」
ぷくっと頬を膨らまし、信長を少し警戒するような目で見る
「連れては行かない…今はな。そう頬を膨らますな、湖」
「っ、なんでございますか…その微妙な言い回しは…っ」
信長の返した言葉に兼続が口を挟み、白粉と湖の前に立った
「今はあの坊主が先だからな…目的は果たした。俺は帰ることにする」
シュッと黒い着物の音を立て立ち上がった信長は、それ以上何も言わずにその場から出て行く
その後を秀吉がすぐに追い…
「光秀、信長様を送り次第すぐに戻る!お前は余計な事をするなよ!!」
と大きな声を出し去って行くのだ
「相変わらずでかい声だ…」
「なんだったんだ?」
このたった数刻の時間
春日山城の場内が騒然としたのは言うまでもない
この場に居なかった佐助と幸村は、後ほど話を聞いて
「さすがは信長様。謙信様同様思い切った行動力だ」
「何しに来やがったんだっあの男はっ!」
とそれぞれの反応を見せたのだった
光秀が越後周辺で捉えた北条の下っ端といえよう…切り捨てられた武士
それと、石山本願寺にいた僧
彼らは、手を組むまではしていないが
以前湖を狙った小国の武士同様、湖の周辺を嗅ぎ回り、そこをついて上杉を崩そうとしていた
いや、顕如が湖を使うのならそれは信長の首を取るためだ
得た情報では、顕如の反応はまだ薄いようだが
その周りには確実に、上杉を目の敵にする輩が集まっているのは情報を得ていた