第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
女中が茶を持って入れば、信玄がそれを受け取り女中を下げた
そして茶の湯の用意をしながら
「お前…本当に変わらないな」
「亡霊だからね」
信玄と義元の会話を聞きながら、謙信が湯飲みに一口口をつけ…
「織田とは半年限りだ…遠回しに聞かずともお前は事情を察しているんだろう」
「うん。知ってる…だから見に来たんだ。美しいものは好きだからね。色々噂が立っているけど、どれも美しい容姿を描く物ばかり。実物はどうなのかと…気になるじゃ無い?」
「……」
謙信はしばらく無言でいたが、家臣に声をかけ湖と白粉を連れてくるように伝えた
「あれ…?姫は二人なのかい?」
「白粉は母親だ。噂の元は主に湖だな…今は十二だが、数ヶ月後には二十程になる」
「へー…信玄がそう言うなんて…やっぱり本当だったんだ」
「なにがだ」
「手の者の報告がね…初めは幼女だったが、姉妹なのか本人なのか幼女が少女になって戻ってくるんだと報告するのでね…誠か知りたかったんだ」
「失礼します。佐助です」
襖から声がかかり返事を返せば、そこに居たのは
佐助と幸村に連れられてきた湖と白粉だ
「ひさしぶり、ゆきすけ、佐助」
「幸村だ……佐助と混ざってるぞ」
「あぁ。ごめん、幸村と佐助だ」
幸村がいらっとするような表情を見せれば、信玄が「わざとは止めろ」と義元を窘める
「それで…姫様は栗色の髪の子かな…」
皆と知り合いのような雰囲気
優しいその空気に湖はこくりと頷き
「湖と申します」
と丁寧に返答し頭を下げた
四人が室内に入り、襖が閉まり…
すると、義元はじっと白粉と湖を見るのだ
時折閉じられる瞳に長いまつげ、ゆったりとした空気を纏った儚げな男
「はじめまして。湖姫、白粉殿。謙信と信玄とは、昔からの知り合いの……義元と呼んでいい。よろしくね」
「あ、はい」
返答した湖に、会釈をする白粉
そんな二人を見て、義元は笑みを浮かべると…
「うん。じゃあ、帰る」
「はぁ?!何しに来たんだよ、お前は」
唐突に席を立つ義元に、幸村が声を上げた
「え…?姫様を見に?かな?」
「んないい加減な・・」
「どうどう、幸村。義元さんがいい加減なのは、小さな頃から知り合いの幸が一番知っているだろう?」