第23章 閑章:泡沫
「――厳密に言うと違うわ。私はあの時まで記憶を失っていたから。――佐々山くんが殺されるまで何も覚えていなかった。」
「いい加減教えてくれ。あの日、何があった?」
縋るように言う慎也に泉は困ったように言う。
「ごめんなさい。私だって良く分かってないのよ。――佐々山くんが目の前で殺されて、気が付いたら真っ白い部屋にいた。でも夢の中であの人が――、槙島聖護が私の記憶を呼び起こしたのだけは分かる。」
「そもそもアイツは何故お前の記憶を奪った?」
「――私を守るために。」
「守る?」
「――『揺りかご事件』って雑賀教授が言ってたの覚えてる?」
その問いに、慎也は頷いた。
「その真相を父は彼に託したのよ。そして私を助けるように頼んだ。」
「槙島が人助けだと?」
鼻で笑った慎也に、泉は頷く。
「慎也の中の彼は酷い人だと思うけど――、意外と人間らしいのよ。少なくともシビュラに踊らされて生きている私達より彼は人間的だわ。」
「――お前は槙島を許すのか?」
「許す、と言うより同じ穴の狢かしら。彼を咎めるなら私も裁かれるべきだと思う。」
真っ直ぐに射抜かれた慎也は、目を反らせば舌打ちをした。
「俺は佐々山を殺したアイツを許せない。」
「うん。慎也の考えは正しいと思うわ。――でも、ごめんね。私はあの人を憎めない。」
残酷だと思った。彼女はとても優しいが故に、残酷だ。
決して嘘を吐いてまで自分を楽にはしてくれないのだから。
「――泉。愛してるんだ。」
「うん。」
「佐々山を殺した事も憎いが、お前を俺から奪った事の方が憎いのかも知れない。」
「――うん。」
泉は慎也が泣きそうに見えて、その手を伸ばした。