第29章 ・人形ではない
それが愛おしいと表現されるものである事を若利はまだわかっていない。ただわかっていたのはこれもきっと愛とやらの一種だということだった。触れたいと思う。出来るのならもう一度抱きしめてしまいたいとすら思ったがそれでは文緒を起こしてしまう。少し考えて文緒の小さな額にそっと左手を添えた。
「いってくる。」
聞こえてはいないだろうがと思いながらも若利は呟いてそっと立ち上がり、部屋を立ち去った。
文緒は結局携帯型映像機器のアラームで再度目を覚ました。眼に入るのはすっかり慣れてきた部屋のはずだが僅かな違和感を感じる。
「あれ。」
箪笥の上に置いてある栗鼠の人形用の小物、厚紙を切り2つ折にしてこさえた本が人形用のテーブルから落ちている。昨日若利が部屋から去った後に置いてみたものだが寝る前までは確かにテーブルにちゃんとあった。
「二度寝してた間に揺れたって事はなさそうだけど。」
しばし不思議に思うもそれどころではない。文緒は携帯型映像機器の画面をタップして音を止め、布団から這い出て着替えにかかった。
次章へ続く