My important place【D.Gray-man】
第44章 水魚の詩(うた)
力加減なんて気遣い、してる余裕はなかった。
掴んだ腕に力が増せば、雪の顔が痛みで歪む。
「何も…してない。室長は、私の為にって…私の未来の為に、全部話して欲しいって、頼んできたけど…私が、応えられなくて…」
それでも悲鳴一つ上げることなく、耐えるように辿々しい説明をする雪の姿は、今までよく見てきていたものだった。
こいつは痛みで泣き言なんて言わない。
そんなこと、とっくの昔からわかっていたことだ。
なのに苛立ちは治まらなかった。
「お前な…自分の立場考えろよ。どう足掻いたって今のお前じゃ教団での立場は最下だろ。そこで我儘言えば、どんな扱いされるかなんてガキでもわかる」
「わかってるよ…」
「わかってねぇだろ。俺に会わせればノアのことを話すなんて、んな取引できる立場かよ」
「取引じゃないよ…っ」
じゃあなんだよ。
首を横に振り続けながらも俯く雪の目は、俺を映し出さない。
「だって…云うって、言ったから」
「は? 誰に」
「…ユウに、一番最初に。決心できたら…ノアのこと、伝えるって。決めてた、から」
辿々しいというより、恐る恐るというように。紡いだ雪の言葉には、聞き覚えがあった。
『私、云うから。今はまだ不安定なものだけど…形になったら、ちゃんと云う』
初めて雪を抱いた日の朝。
俺の腕の中で、泣き出しそうな顔をして、でもぐっとそれを耐えるかのように我慢した。
涙一滴零すことなく、決意するように雪が俺に伝えてきた言葉。
『ちゃんと伝える。真っ先に、神田に。…だから待ってて』
…あの時、俺はいくらでも待つと言った。
伝えたいことがなんなのか、見当もつかなかったが…大きな決心がいる程に雪にとって重要なことだとはわかっていたから。
だから急かさずに待つと言った。
…雪の溜め込んでいた隠し事は、このことだったのか。
なんとなくそんな予感はしていたが、これで確信を得た。