第51章 キスミー
「オレさ、大学のスポーツ推薦受けようかと思って」
唐突に紡がれる言葉には、なんの気負いも迷いもなく。
ただまっすぐに向けられる真剣な瞳に、結は黙って頷いた。
「正直、ずっとバスケのことで頭がいっぱいで、進路とか、将来の夢とか、あんま真剣に考えたことなかったんスけど、やっぱオレ……」
食後のお飲み物をお持ちしました、とチラチラと黄瀬に気を取られながら、ふたり分のカップを置いた若い店員が、後ろ髪を引かれるようにテーブルを離れていく。
そんな場面にいまさら驚くつもりもない。
黄瀬涼太という男の存在感と、ヒトを惹きつけるオーラは、制服姿でも衰えることを知らず、今日も周囲の関心と視線をいとも簡単にさらっていく。
(この制服姿も、あと少しで見納めなんだな……)
少しの寂寥感とともに訪れる未来への期待と不安。
結は揺れ動く心を悟られまいと、シュガーポットに手を伸ばした。
「お砂糖、どうします?」
「いや。今日はこれだけで」と流し込んだミルクでコーヒーの表面を白く染めると、黄瀬はおもむろに口を開いた。
「……やっぱオレ、バスケが好きなんスよ」
誇りと自信に満ちたその揺るぎない表情に、結はまるで自分のことのように熱くなる身体をぶるりと震わせた。
初めて出会ったのは、真新しいユニフォームの青がまぶしい春の日。
コートの上で流すあの涙を見たときから、もう恋は始まっていたのかもしれない。
「色々あったけど、帝光中でバスケと出会わせてくれた仲間には感謝してるし、チームで一丸となってプレイすることの喜びを教えてくれたのは、間違いなく海常のセンパイ達とチームメイトのおかげだ」
「黄瀬さん……」
「黒子っちの言ってたこと、今ならよく分かるんスけどね」と苦々しく笑いながら、黄瀬は一瞬窓の外に向けた視線を手元に戻した。
「でも、オレにとっての本当のキセキは……」
コーヒーをかき混ぜる役目を終えて、皿の上に置かれたスプーンがかちりと音を鳴らす。
「結と出会えたこと。そう思ってる」
やわらかく微笑む瞳に見つめられて、トクンと幸せの音を鳴らす胸に、結はそっと手を押し当てた。