第44章 フェスティバル
「結、どうしたんスか?」
額に触れてくる白い手袋のまぶしさが目に痛い。
(それはこっちの台詞です……何、その破壊力)
いつもと同じ腕の中で、この非常事態をどう乗り切るか、結は考えをめぐらせた。
「それ、宣伝用の衣装……ですか?」
「そーそー、これ吸血鬼なんだってさ。いやぁ、似合い過ぎてて怖いっスわ」
「吸、血鬼……」
いつもの軽口をたしなめる余裕は残っていなかった。
文化祭の域を越えたその完成度の高さに、結は手に触れる艶やかな襟を握りしめた。
長身に映える漆黒のタキシード。
風になびくマントを違和感なく身にまとい、まるで中世の貴族さながらの優雅さと妖艶さを体現しているのは、魅せることに長けたモデルとしての能力というより、黄瀬涼太というオトコの魅力にほかならない。
「今年はハロウィンのお化けが他にもいっぱいいて、スゲェ盛り上がってるんスよ。後で一緒に見に行こっか」
目立ち過ぎるコレは着替えるから少し待っててという言葉に、安堵の気持ちと残念な気持ちが複雑に交差。
「……ハ、イ」
「な~んか、さっきから借りてきたネコみたいにおとなしいけど……もしかしてコレ、気に入ったんスか?」
「っ」
心臓が異常な速さで、酸素不足の脳に血液をおくりはじめる。
甘い吐息が髪に触れて、結はビクンと小さく飛び上がった。
「コスプレ好きだったなんて意外だな」
「ち、違っ……コ、スプレが好きとかじゃなくて」
「ん〜?じゃ、ナニが好きなんスか?」
勝ち誇ったような笑みを口許に湛えながら、身を屈める黄瀬のピアスが近づく気配に足がガクガクと震える。
「アレ、この指どーしたの?」
「な、何でもありませ……う、ひゃっ!」
絆創膏を巻いた指を目ざとく見咎められて、白い手袋の手に絡めとられたかと思うと、チュッとキスされて悲鳴が上がる。
「いい声。もっと聞かせて」
キズを避けるようにねっとりと指を舐められて、ビリビリと痺れが走る。
「や、駄目……っ」
「んな声出しちゃって、説得力ゼロっスよ」
音を立てて指に吸いつく唇は優しいのに、手首を掴む力は一向に緩まない。
「も……離、して」と訴えた視線の先、伏せられた睫毛の下で妖しく光る瞳に射貫かれて、結はぶるりと身を震わせた。