第41章 クロスオーバー
「うお」
「きゃっ!」
ドン、と耳に届く分かりやすい音と小さな悲鳴は、本棚の影からふいに現れた誰かとぶつかったのだと推察することは簡単だった。
190cmの巨体と衝突して、当たり前のように吹き飛ぶ身体をとっさに支えられたのは、人並外れた反射神経を持つ彼だからに他ならない。
腕の中に閉じこめた華奢な肩と、ふわりと香る爽やかな髪の匂いにチクリと胸が痛む。
それは、とうに忘れたはずの苦い思い出のカケラ。
「オイ、大丈夫か?」
ぶっきらぼうな問いかけに、「は、はい……すいません」と応えるように上を向いた顔を見て、青峰は盛大にふき出した。
口をあんぐりと開けた幼い顔と、ずり落ちた丸い眼鏡はまるでコント。
「な、なに笑って……」と耳まで赤くしてジタバタと暴れる腕を軽くあしらいながら、青峰は伸ばした指でズレた眼鏡をスッと外した。
「!?何……っ、眼鏡……返して、くださいっ!」
胸より下の高さでキャンキャン吠える小型犬の、まっすぐな黒髪がさらりと胸元にこぼれ落ちる。
「ま、フツーだな」
胸のサイズを瞬時に判断しながら、青峰はつまらなさそうに溜め息をついた。
髪をほどき眼鏡を取ったら、実はとびきりの美女だった──そんな美味しい話は、やはり現実にはありえない。
そして、あの冬の日に観客席から見た奇跡のような光景も、幻だったのではないのだろうか。
「キセキ……なんて、そんなもん簡単に起きる訳ねーんだよ」
「そう、でしょうか?」
ポツリと漏らした呟きを、初対面の人間に即座に否定されて、青峰は不愉快さに眉を顰めた。
「あぁ?知ったようなこと言うんじゃねーよ」
だが、まっすぐに見上げてくる顔は、青峰の鋭い目にも臆することはなかった。
あんなにもオロオロしていたことが嘘のようだ。
「奇跡はあると思います。願っていれば必ず叶う……私はそう信じてます。だって、そう思った方が楽しいじゃないですか」
その透き通るような瞳と、花が咲いたような笑顔に、胸がざわざわと音を立てる。
「すいません。助けてもらったのに、生意気なこと言って……」
控え目に差し出される小さな手のひらに、青峰は取り上げた眼鏡をそっと乗せた。