第38章 マジバ
「ご機嫌ですね、黄瀬君」
小さな口でバニラシェイクを静かに吸い上げながら、意味ありげに瞬くふたつの瞳。
偶然会った中学時代の同級生という名の人気モデルを前に、黒子テツヤは空色の瞳をうっすらと曇らせた。
窓越しの陽射しを受けてキラキラと輝く金髪と、極上のパーツでバランスよく構成された端整な顔立ち。
だが、その表情筋は見事に緩みきっていた。
残念なイケメンモデルは、紙コップに伸ばそうとしていた手を止めてニヤリと笑った。
「へへ、分かる?」
18歳の誕生日を満喫した黄瀬涼太は、ピンクのオーラを隠そうともせず、切れ長の目を綻ばせた。
長い足をシャラリと組みかえながら、ともすれば思い出すのはあの夜のことばかり。
渇きを覚えてヒリつく喉に、黄瀬はパチパチと弾ける炭酸を流し込んだ。
『ニャア、は?』
『……そんな、の絶対に……無理、っんあ」
腕から逃げようとする身体をシーツに組み敷いて、揺さぶるたびにリンリンと鳴る鈴の音に煽られるまま、尽きることのない欲情を何度もぶつけた。
『言えるまで、ハッ……逃がさないっスよ』
『ひ、ゃん!や……だっ』
足を担ぎあげて、色々な角度で翻弄するたびに、肩に爪を立てて啼く猫の背中がしなやかに反った。
ポテトの塩がついた指先をペロリと舐めると、黄瀬は待ち人の姿を求めて窓の外に目を向けた。
「鼻の下伸びすぎです」
「そっスか?」
その長さをさらに伸ばした時、「黄瀬じゃねーか」という声とともにテーブルに落ちる大きな影。
トレイの上に高く積まれたハンバーガーはもう珍しくもない光景だ。
「火神っち、ひさしぶり〜。てか相変わらずっスね」
「うおっ、オマエなんつー顔してんだよ!緩みまくってんじゃねーか!」
「水原さんとの交際が順調なんでしょう。見ててちょっとイライラします」
「確かにな」
「ちょっ、ふたりともヒドいっスよ!」
理不尽な扱いに抗議の声を上げた黄瀬は、遠くから小走りで店に向かってくる姿を窓の外に認めて、その目尻をダラリと下げた。
(来た来た。ん?何して……)
店の前で足を止めた恋人の姿に、何事かと身を乗り出した金の髪がサラリとなびく。
肩で息をしながら、入り口のガラスを鏡代わりにして前髪を直すいじらしい姿に、黄瀬は相好をさらに崩した。