第31章 チェンジ!
「そりゃ、ちょっとは動揺しましたけど……も、もう大丈夫ですよ」
多分……と腕の中から見上げてくる瞳と目があった途端、バッと視線を逸らされて、黄瀬の不安そうな表情が一気に緩む。
「ハハ、そんなイケてるっスか?惚れ直した?」
「もう!すぐそうやって調子に乗るんだから!」
誤魔化すようにからかうと、案の定怒り出してしまった彼女の頬を、唇の代わりに指先でなだめて。
「このまま時が止まったらいいのにな。ずっとこのまま……」
ふと口から漏れたのは、偽らざる本音だったが、ここは「私も……」という甘い展開を頭の片隅で期待してしまう自分はズルいのだろうか。
「駄目ですよ、そんなの」
「へ」
だが、そんな思惑ごと全否定されるようなキッパリとした声に、黄瀬は頬に滑らせていた指を止めて、腕の中の顔をそっと覗きこんだ。
「今年こそ、忘れ物をちゃんと取りにいかなくちゃ。それに、もっと色々な黄瀬さんを見たい……デス」
強い決意を宿す瞳と、熱を持つ頬。
大丈夫、彼女なら──そう確信する何かが胸をじわりと満たしていく。
「……いろんなオレって、それベッドの中の話?」
真面目に話してるのに!と暴れだす彼女をゆるく拘束して「ねぇ……あの約束、覚えてる?」と耳に吹き込んで鎮圧するのは簡単だった。
「オレのシルシ消えてないか、後でチェックするからね」
腰に回した腕に力を込めると、ピクリと固まった身体が降参したように胸に凭れてくる。
そのやわらかさに心臓が甘い悲鳴をあげる。
「マジ、心臓もたないっスわ」
「だからそれ、私の台詞……」
鼻先をうずめた髪に残るお日様の匂いが、もうすぐやって来る戦いの季節を物語るように、胸をジリジリと焼く。
(強くなりたい。もっと、もっと)
それは、勝利への渇望だけではなく、愛しいひとを守りたいというシンプルな男の欲求。
だが今、この瞬間だけは彼女の事だけを考えていたい。
この香りに包まれてただ満たされていたい。
狂おしいほどの想いを込めて、小さな身体を少しだけ強く抱きしめる。
「黄瀬さん?」
「ゴメン。駅に着くまでこのまま……」
電車の揺れに逆らうように、小さく頷いた恋人を腕に抱いて、黄瀬はクリアになった思考を彼女一色に染め上げた。
end