第6章 お兄ちゃんオーバーケア②(轟 焦凍)
▼夜2 〜兄の気苦労〜
雄英高校からの下校中に、大型の犬が俺に飛びついてきた。
リードが繋がっていたが、それを掴んでいるはずの飼い主が見当たらなかった。首輪を押さえて宥めていたら、すぐに女性が息を切らせて駆けてきた。姉貴の冬美と同い年くらいだろうか。買い物がてらの散歩の途中で手から離れてしまったのだそうだ。
感謝され、お礼にとアイスをもらった。断ろうとしたが、パッケージが目に入り考えを改めた。なまえが好きなメーカーのものだったからだ。
俺には妹がいる。2つ歳が下の、妹。
中学に入り、背が伸びた。毎日、健康そうに過ごしている。俺のたったひとりの妹だ。でも風呂に一緒に入るのを拒否されたので、アイスは自分で食べることにした。
居間のソファでくつろぎながら、スプーンですくう。口に運ぶと、バニラの甘い味が広がった。正直、ここまでの対価はもらいすぎだ。
三口ほど食べたところで、なまえがやってきた。俺を見るなり「アイスだ」と呟いて台所へ向かおうとした。
「これしかないぞ」
「いつも私の分のお菓子も買ってくれるのに!?」
「もらいものなんだ」
残念そうに項垂れる様子に心が痛んだ。妹の目に入らないよう考慮して食べるべきだった。
なまえは、俺の横にぴったりくっつくようにソファに沈み込み、身体を曲げてアイスカップの側面を覗き込む。ロゴとフレーバーを確認するなり、「これ美味しいよね」と羨望をにじませた。
「わたしも食べたい」
「コンビニに売ってるんじゃねぇか」
「いますぐ食べなきゃイヤ」
なまえが口を開けて固まる。横目に眺めていると、「マニキュア塗っちゃったの。ほら」と幽霊のような手の形で見せてきた。爪の先が仄かな桜色に輝いている。
「乾かしてるところなの」
「手が使えないのか」
「手は使えない、アイスも食べたい」
しょうがないので、スプーンで一口食べさせる。目を閉じて舌の上の冷たさを味わった妹は、飢えた子のように「美味しい」と小さく言った。「もうひとくち」
ひとくちとは言わず、残り全部を食べさせる。
妹は、まだ小さい。愛おしいと思う。頭を撫でると、白と赤が混じった、細い髪の毛が指に絡まることなく流れていく。