第56章 透明な君
「じゃあ黄瀬君、適当に動いてね」
モデルを始めたばかりの頃は事細かにポーズ指定などがある仕事が多かったけど、最近になって自由にポージングする仕事が増えた。
自分の頭の中でシチュエーションやイメージを構想して、その世界に入る。
役者のようなものか。
……笠松センパイに役者はムリって言われたっスけど……。
キングサイズのベッドの上での撮影。
いつものサイズに少し落ち着く。
隣にみわがいないのが不満だ。
恋する香水。
匂いというのは、感情や記憶を呼び起こさせるものだと聞く。
プルースト効果、だったっけ。
みわの匂いの香水があればいいのに。
なんて事考えたり。
こうしてオレは、四六時中彼女の事を考えてしまう。
熱いライトに焚かれるフラッシュ。
オレは、目の前にいないみわを誘惑するようにポーズを取る。
オレの匂いが気になるように。
オレの体温を感じたくなるように。
オレに触れたくなるように。
オレに触れられたくなるように。
オレにキスしたくなるように。
オレに抱かれたくなるように。
目の前のカメラをみわに見立てて、誘惑した。
オレにはみわしか見えておらず、これ以上にないくらい集中していた。
「……こりゃ驚きだ。黄瀬君、いいね」
「モデルメインでやって欲しいくらいだ」
そんな会話がされていたと知るのは、まだ先の話である。
ちらりと腹部を見ると、みわがつけた跡が目に入る。
みわと一緒に撮られているようで堪らない。
心臓に付けられた印。
みわにオレの心を全て捧げる。
「はい! 最高! オッケー!!」
一発OKだった。