第77章 交錯
ふっ、と意識が浮かび上がってくる。
それなのに瞼は重くて、なかなか開けようという気が起きない。
「……はい」
その小さな返事はみわの声。
聞こえてくるのは……過度の寝不足、とか栄養状態が悪い、とか点滴とか。
と言う事は、この低めの声の男は、医者か。
そっか、病院に連れて来て貰ったんだったな。
靄がかかったような頭で色々考えようとするけど、どれもうまくいかなくて。
うっすらと目を開けると、あたりの白さに驚き、再び瞑った。
それほど広くない病室、右側には隣のベッドとの境であろうカーテン、左側には青空が覗く窓。
太陽と白の共同攻撃は、寝不足の目には強すぎる。
そうこうしているうちに、みわと医師らしきヒトの会話は終わり、気配が動く。
ダルイ身体を投げ出したままにしていると、柔らかいものが右手に触れた。
冷たい。
みわの手だ。
「……よかった」
きゅ、とその小さな手に力を込めると、みわはぽそり、そう呟いた。
「……よかった……」
次に聞こえたその呟きは、最初のものよりもずっと水分を含んでいて。
迷惑かけてゴメンとココロの中で謝った。
なぜか、手はすっと離れていってしまう。
どうしたのかとゆっくり目を開けると、みわは窓際に向かって歩いていた。
オレが目を開けた事には気が付いていない。
窓でも開けようとしてるのか?
自分の左手から管が出ているのを見て、一瞬驚いて、ああ点滴かと気づいて……そんなノンキなコトを考えていたら。
「……ッ……」
みわが、泣いていた。
窓際で、外を向いて、手の甲を口に当てて声を押し殺して、肩を震わせて泣いている。
ぽろぽろと頬を離れた涙が、太陽光にさらされてキラリと煌めいて。
あの時一緒に見た星みたい……なんて、また場違いな感想を抱いて。
ごめん、もう大丈夫だから
そう言って後ろから抱きしめてあげたいのに、今のオレにはできなくて。
きっと必死で我慢していたんだろう。
本当は、顔を見たあの瞬間に泣き出したかった筈。
落ち着いて、我慢してたものが決壊してしまったんだろうか。
強いみわの、弱い部分。
弱いみわの、強い部分。
彼女の涙には気がつかないふりをして、そっと目を閉じた。