第7章 左様ならば、仕方ない【影山飛雄】
「…さようならってさ、」
「はい」
「『左様ならば、仕方ない』が語源なんだって」
「…そうなんすか」
夕暮れの校舎。
数時間前までの人のざわめきが、残り香のように漂う教室。
黒板には「卒業おめでとう」の文字。その周りに、いろんな筆跡で書かれた、いろんなメッセージ。
紫の造花を左胸に留めた私の目の前にいるのは、普段着の影山。
ただ一言、『教室で待ってる』って電話したら、飛んで来てくれた。
私は影山のこういうところに、いつも甘えてしまう。
「…私ね、県外の大学に行く」
「知ってます」
「一人暮らしを始める」
「それも知ってます」
「…烏野からずっと離れたとこに行く」
「……」
最初は睨んでると思ってたその真っ直ぐな視線が、私を捉えて離さない。
ーー美咲先輩、何が言いたいんですか?
君が何を思ってるのか、だいぶ分かるようになってきた。
「人の感情はね、人との距離に比例するの」
「……」
「人との距離が縮まれば、その人の本質が見えてくる。本質が分かると、その人にある特定の感情が生まれる」
ーー美咲先輩ってたまに理屈っぽいところありますよね。
付き合い始めた頃、こんなこと言われたっけ。
付き合い始めたのは初夏だった。梅雨のわりに、爽やかな日だった。
知り合って間もないのに、君は迷った様子もなく、私に告白してくれた。
実際付き合ってた期間っていうのは数字にすると短いけど、ずっと一緒にいた気がするのは、やっぱり君との相性が良かったからなのか。