第44章 【起きて欲しくなかったこと】
そうやって力と美沙の縁下兄妹(義兄妹)はお互いの依存ぶりをからかわれたり心配されたり時折及川にちょっかいかけられたりをしつつも仲良く過ごしていた。
しかしその日兄妹にとって最大の事件が起きた。
「縁下っ、やばいぞっ。」
飛んできたのは木下だ。
「どうしたんだ。」
「妹、」
息を切らしながら木下が言いかけた途端力の背筋が冷たくなる。良い知らせではないことは確実だ。
「屋上行く階段の途中で絡まれてる。今、田中と西谷と成田が割って入ってて妹さん抑えてるけど多分これ以上何かあったらあの子ブチ切れちまう。」
一度美沙が階段から落とされて以来の最悪の事態だ、力は一瞬だけ目を閉じた。が、すぐに目を開ける。
「マジヤバイ、もう俺らじゃ抑えらんねえっ。」
「行こう。」
力はすぐに言った。木下は頷いて力と一緒に走り出した。
屋上へ通じる階段は確かに一触即発の空気が満ちていた。階段の上には美沙に絡んできた相手が複数、恐らく2年、間には田中が壁になるように立ちはだかり、その後ろには美沙と西谷と成田、西谷と成田は今にも田中を押しのけて相手に跳びかかりそうな勢いの美沙を抑えにかかっている。
「おい、おめえら。」
壁になっている田中がすごんだ。
「何俺らのダチの妹いじめてんだ、ああ。」
絡んできた相手その1は本当のことを言っただけだとせせら笑い、男バレの2年が揃ってそいつを庇ってどうすると言う。
「関係ねーだろ、おめえらがくだんねえことしてるのをたまたま俺らが見つけた、そんだけだ。」
田中にしては冷静に言った方である。むしろ今冷静でないのは美沙の方で身動ぎするたびに西谷と成田に押さえられている。
「何が本当のことだ。」
美沙は標準語でいった。例によってこの場合、まともな関西弁は使いにくい。文字数が増えたりフラット(平ら)になるアクセントで周りくどくなり、怒りが伝わりにくいのだ。
「人の兄をもてないからしょうがなく私を囲ってるヘタレとは何たる言い草だ。それに兄さんのいいところをわかってる人はたくさんいると思うが。あんたが知らないだけじゃないのか。」
流石噂通りのブラコンだと相手その2がやはり馬鹿にした笑い方をする。