第3章 一夜
「わかりました。厨房へご案内します、私はメインディッシュの調理がありますので、ドルチェをお願いしても?」
「ええ、勿論ですとも」
二人の執事は、まるで争うように早足で厨房へと向かった。書庫ではアリスとシエルが、静かに読書をしながら言葉数は少ないものの、他愛のない会話に花を咲かせているように思えた。
「アリス嬢は、幼い頃からこのお屋敷で?」
「ええ……まぁ。昔は家族も親戚も多くここに身を置き、賑やかな屋敷だったんですよ」
「今は……貴女お一人なんですか?」
シエルの青碧色が、怪しく彼女の真実を暴かんと貫くように見つめる。その視線を知ってか知らずか、アリスはただ淡々と言葉を並べた。綺麗に、ドミノのように。
「そうですよ。皆、血の海に消えた。残ったのは無残な亡骸と、私とクライヴただ二人」
「さぞ、心細かったでしょう。お二人だけで」
「……そうでもないですよ」
「アリス嬢とは、これからも御贔屓にさせて頂きたい。是非、僕で良ければいつでも話し相手に」
「ふふ、ありがとうございます。伯爵」
にっこり微笑んだアリスだったが、その表情の裏に隠されているのは退屈の二文字。ワインのように濃く、鮮血のように赤い瞳で彼女は「ところで」と空気を変えにかかる。
「伯爵は回りくどいのが好みなのかしら?」
シエルの表情が、一気に社交的な笑みを伏せ一瞬無表情へと変わる。しかしそれも、まるで見間違いとでも思えるほどにすぐに先程の表情へと戻る。
「アリス嬢が何を言いたいのか、僕にはわかりませんね」
「別に私は、隠すつもりもないし隠れるつもりもありませんよ、伯爵。それでも何も言わないというなら、それもいいでしょう」
アリスが試すように、言葉をかけるがシエルは再び本へと視線を落としただけで、答える様子はない。それが答えだと受け取った彼女は、溜息をついて自らも本へと視線を落とす。
すると、扉をノックする音が部屋に響いた。