日記「『ハイリゲ』の儀を・・・」
私は、ぼんやりとその声を聞く。数時間に渡って受け続けた快楽の洗礼のせいで、幼い私は、その身体をピクリとも動かすことができなかった。
奇妙な旋律の歌が闇に響く。
うそうそと影のような人々が、私を幾重にも取り囲み、身体を揺らしていた。顔色も体つきも、亡霊のようなのに、その目だけがギラギラと欲望をたぎらせ、血走っていた。
儀式が始まる・・・それは性魔術。
人間の根源の欲求を解放し、人を超越した存在になることを志向する古代の秘術だ。
今、私を取り囲んでいる【赤薔薇の賢人】は、数百年昔から、その奥義を追求し続けてきた魔術結社だ。その全貌は知られておらず、現在、彼らの頂点に立つと言われている人物【ハインリヒ・デア・ドルン】は300年以上生きている、とまことしやかに囁かれてた。
『・・・起きなさい!さあ、今日から学校よ・・・』
ふわりと闇に溶けだそうとする意識の向こう、懐かしいような、けれども、まるで知らない女性の声がする。私の名のようなものを呼ばれたようにも感じるが、それは闇に掠れて思い出すことはできなかった。
「さあ、・・・を受け入れよ」
ねっとりといやらしい手が、再び一糸まとわぬ私の身体に絡みついてくる。それとともに、【何か】が、私の『中』にぬるりと入ってくる。
・・・ああ、私、消えちゃうんだ
そう、直感した。響く儀礼歌。『中』に押し入れられた【何か】のせいか、身体がひたひたと苦しみに満たされていく。身体の中から、破裂しそうなほどの力を感じた。
苦しい・・・苦しい・・・助けて・・・
その瞬間、頭によぎったのは、いつも一緒にいたあの子の顔だった。
この儀式の前・・・一度だけ交わしたキス。
彼は守ると言ったけれども・・・
ダメ・・・来ちゃダメ。
彼らの包囲網を突破して、ここまで来るなんてできっこないいんだから・・・お願い・・・あなただけでも、逃げて・・・。
そんなことを思っていた。
体はしびれ、体内がジュクジュクと女の疼きを覚える。
指先から次第に感覚がなくなっていくのが分かった。
諦めがじわりと脳を侵食する。
もう、ほとんど体の感覚がなくなっている。体内で渦巻く大きな力は暗闇となって私の意識を飲み込もうとする。目も見えない、耳も聞こえない・・・匂いもわからない・・・。
ただ、あなたに最後に触れた唇だけが、
熱かった。
カグラ・・・
瞬間、唇から一条の光が体内を突き抜けたように感じた。光は闇を切り裂き、撃ち抜かれた闇は私の体内で大きくうねり、弾けていく。そして、それはやがて、制御できない勢いで内側から迸った。
「な・・・なんだ!何をした!?」
そこからは何が起こったかわからなかった。中途半端に戻った視覚と聴覚、そして、嗅覚が、あたりの様子をぼんやりと捉える。
喧騒。混乱する声、苦しみ、怒声、悲鳴、嗚咽、血しぶきのあがる音、肉の灼ける匂い、体に感じる熱風・・・
とてつもなく悪いことが起きているのだけは確かだ。
そして、それはこの儀式を主催した者にすらどうすることもできないこと・・・だとしたら・・・。
死を覚悟した時、ぐいっと手を引かれ、私はいつの間にか誰かに背負われていた。
「大丈夫だ、ボクがついてる!ユメノ!ユメノ!!・・・」
ゆさゆさと揺れる身体。しがみついているのはたくましい背中。
ああ、
来て、くれた・・・の?
☆☆☆
「ユメノ?・・・おい、ユメノ」
目が覚めるが、一瞬、自分がいる場所がわからなかった。そんな私を碧眼のマアトの瞳を持つカグラが不思議そうに見つめていた。
「眠っていたのか?珍しいな・・・お前が店でうたた寝するなんて。あ、そうだ・・・なんか封書が来ていたぞ」
カグラがぽんと手に持った封書を投げてよこした。それは封書ではなく、電報だった。
開くと『Der Favorit der Leser!』と。
一瞬、疑問符が浮かぶが、差出人の欄を見て納得した。
ああ、作者さんか・・・。ふふ、気取って、ドイツ語なんかで書いちゃって。
なんだ、それでか・・・あんな昔の夢を見たのは・・・
「どうした?」
カグラが言う。私は首を振った。
「なんでもない。お祝いの知らせよ。
せっかくだし、何か美味しいものでも食べましょ」
今のカグラがそれを喜ぶことができないのは知っていたが、誘うことにした。
だってね・・・これでも私、感謝しているのよ?
私が今ここにいるのは、あなたの・・・お陰。
あなたは、生命の恩人、だからね
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