第4章 第四話
まさか、約束を忘れているわけじゃないだろうな。いや……、いつも俺は半ば命令のように彼女にここへ来るように呼びつけている。……この時間を望んでいるのは俺だけだろう、彼女が望んでここに来ているわけじゃない。
約束の時間が過ぎたわけでもないのにそんなことを考える。それだけで彼は途轍もなく頼りない感情に苛まれる。
浮かれた感情に踊らされ、ちょっとした想像に馬鹿らしく落ち込む。に関するすべては、細事なことでも鬼道の感情の制御を困難にさせた。
気持ちのせいか部屋の空調さえ格段に冷えるように感じていた。だが、鬼道がまたも足を組み替えようとしたその時、パスコードが解かれた音が響く。駆動音と共にドアが開くと、春風のような衝撃が部屋の中に一気に吹き込んできた。
ふわりと舞い上がった髪が緩やかに宙に落ちる。軽く息を切らしたが鬼道の目の前に姿を現した。
「遅くなって、すみません……っ」
白けた空間の中に凛麗な黒が存在感を放つ。彼女は結い上げた髪を揺らして鬼道を見る。そして自分が酷い失態をしたとばかりに、恐縮しながら彼女は頭を下げた。
今日の彼女はいつもと違った。規則通りに身にまとったいつもの制服姿ではなく、陸上用の練習着に一枚ジャージを引っかけた姿でここに立っていた。
「どうした、そんなに慌てて」
あまりのの慌てぶりに、鬼道は先ほどの拗ねた気持ちを完全に忘れてしまっていた。何かあったのか。心配が先行して、鬼道は息を整える彼女の顔を覗きこむ。
素早く彼女の身体を上から下まで見て、少なくとも彼女が慌てる原因が怪我ではないことを確認した。
「いえ、何も……。ただ、練習が長引いて……。鬼道さんをお待たせするわけには、いかなかったので」
「……そうか」
何も無かったことにひとまず安堵した鬼道だが、彼女の言葉をよくよく考えると言葉に詰まった。……まさか彼女は俺を待たせないために、急いでここまで来たというのか?
期待を込めた眼差しを鬼道が向ける。するとはぎゅっと身を縮めて、ジャージの前を掻き合わせた。俯き、蚊の鳴くような声でが囁く。
「すみません。こんな……、みっともない格好で」
「……」