第3章 身を寄せるネコ
遠回しに離れてほしいと伝えているつもりだった。
「ふあって、いりのせふぁんが・・・」
口にものを詰めながら喋るな、というと、音子は慌ててもぐもぐごっくんと飲み込み、お茶を飲む。
「だって、市ノ瀬さんが・・・」
途中で音子は言いよどむ。俺がなんて?
「その・・・夜に、悪い夢を見ているようなので」
はい?
音子によると、俺は毎晩のようにうなされているらしい。全く気が付かなかった。
最初は戸惑っていたが、なんとかしようと背中を擦ったり、頭を撫でたり、手を握ったりしてみたそうだ。そして、ついに発見したという。
「私が身体をぎゅってくっつけると、市ノ瀬さんの身体もフワってなって、それで静になるんです。だから・・・」
お箸を口に咥えるな、行儀悪い。
音子は俺に怒られていると思ったのか、ちょっと申し訳無さそうにした。
そうか・・・俺は・・・。
「あ、あの・・・変なことしないので、最初っから、ぎゅってしちゃだめですか?
い・・・市ノ瀬さんだけじゃなくて、私もそっちのほうが、身体がふわってして・・・よく・・・眠れるんです」
なぜそこだけ顔を赤らめるのか。逆に恥ずかしくなる。
離そうとしたのに、帰って接近することを迫られてしまっている会話の流れに俺は戸惑う。
「いや・・・だったら・・・あの・・・しま・・・せんから」
う・・・。上目遣いで恐る恐るこっちの表情を伺う音子。やめてくれ、毒だ。
いけない・・・絶対ダメだ・・・。
「い・・・あ・・・いやじゃあ・・・ないです」
だあ!!俺は何を言っているんだ!!
今からでもいい、「いやじゃないけど、困る。少し離れて寝て欲しい」そう言え!俺!
ところが、「いやじゃない」という言葉を聞いて、音子はぱっと表情を明るくすると
「じゃあ、じゃあ!今夜から!!今夜から!!!」
と、残った朝ごはんをガツガツとかきこみ始める。
「ごちそうさま!!あー!早く、早く夜になって欲しい!!」
ものすごくワクワクした表情を見せた。
と、とてもじゃないけど、言えない・・・。
目を閉じて嘆息する。仕方がない・・・ええい・・・ままよ。
どうにでもなれ、という気持ちで俺は味噌汁をすすった。