第4章 病魔 前編
「同盟内容の主たる特記事項は三点ほど———第一に、領地および領民の不可侵。
今この瞬間から、他家の領域でのあらゆる侵略行為を禁じます。
第二に、四貴族家間の婚姻。
我が生家とサルディス家、ヴォールデン家とポートレア家、
講和と和平の証として、また両家の末永い繁栄を祈願して結ぶものとする。
そして最後に———ヴァリス」
ふいに名前を呼ばれ、みひらく瞳。
そんな彼女にフィンレイは淡々とした口調で告げた。
「君が存命でいる間は私は君と悪魔執事の雇い主として君と彼らを守り、
この世界の均衡を保つと約束しよう」
思いがけない言葉。
真意を図りかねて、ヴァリスは黒曜の瞳をただ見つめた。
フィンレイは微笑んだ。
「君に死なれてしまったら私が困るからね。これからも期待しているよ……『主様』?」
微笑んだ唇には別の思惑が滲んでいる。
それに気づきつつ、また彼の唇から「主様」と紡がれたことに驚きつつ。
「は、はい」
つかえながらも答えると、みずからに向けられる視線により棘が宿った。
フブキからの視線だ。
自分は皆から嫌われている悪魔執事の主なのだから、当然なのだけれど………。
けれど彼の切り裂くような視線は、それだけが理由ではない気がした。
(……ベリアンにあとで聴かなくては)
気づかぬ振りをして前方をみつめる。
依然として心のなかはざわめいていたけれど、その感覚を覆った。
その視線から守りるように、ベリアンが彼女の姿を隠す。
視線に怯えながらも気丈に振る舞う姿に、その内面の強さを再確認した。
「双方、特に依存はないね?」
その瞳が彼女をとらえ、ヴァリスは静かに答えた。
「はい」
「では、………サインを」
とん、とデスクに置いた書類に軽く指を打ち付ける。
彼の手から羽根ペンを受けとり、さら、さら……とみずからの名前をしたためた。