第75章 俺に、思い出をくれないか
その言葉の意味を理解するより早く、万理の指が輪郭に触れる。そして、サイドの髪を丁寧に耳へとかけた。
それから、万理の顔がゆっくりと距離を詰める。そこでようやく、彼が言った言葉の意味を理解した。
私は、ゆっくりと瞼を下ろしていく。最後まで下ろしきった時、瞳に溜まっていた涙が、一筋 頬を滑る。
その雫が止まったところに、万理の唇が降りてくる。温かくて ふわりとした柔らかい感触。
そしてすぐ、それは私の口元にも落とされた。
まるで、子供がするような 軽く触れるだけのキス。
でも、こんなに心が痛くなるキスを、私は知らない。
そして、私はこの口付けを、10年間 待ち続けていたような気がする。
10年越しに叶った私達の口付けは、塩辛くて切ない、涙の味がした。
唇を離した後、万理は私を強く抱き締めた。そしてすぐに、耳元で甘い声が揺らぐ。
「ありがとう。
この思い出を胸に、俺はこれからも生きていける」
私は、何も言葉を返せなかった。もしも今、たった一文字でも言葉を口にしようものなら きっとまた泣いてしまう。
「最後に、これは俺からのお願いだ。
エリ。もう、間違わないでくれ。今のお前なら、きっと…夢も 愛しい人も。両方を追い掛ける事が出来るはずだから。
どちらかを手に入れる為に、どちらかを切り捨てる道を、もう決して選ばないで欲しい。
だからどうか、幸せになってくれ」