第6章 パン好き女子のご家庭事情
朝から無駄にエネルギーを消費してしまったムギの心は、バラティエの店内に入った途端、すっと落ち着いた。
なにせ、店内にはパンが焼ける匂いが充満していて、最高にリラックスできるのだ。
アロマやお香なんかいらないから、この空気をゴミ袋いっぱいに入れて持ち帰りたくなる。
「……おい、ムギ。なにしてんだ、こんなところで。」
「は……ッ、店長。おはようございます。」
店の裏口で思わずパンの匂いを堪能してしまい、我を見失っていた。
「ごめんなさい、すぐに着替えてきますね!」
「ああ。……そうだ、ちょっと待て。ちょうどいい、前に言っていた新入りを紹介する。」
「え、もう入ったんですか?」
パン職人見習いが入ると言っていたのは数日前。
準備もいろいろあるだろうに、仕事が早いというかなんというか。
ゼフが厨房に声を掛け、こちらにやってきた新しい仲間。
彼はまあ、ローに負けず劣らず人相が悪かった。
「新入りのギンだ、仲良くしてやれ。ギン、こいつはうちの売り子でムギ。これでも常連客のお気に入りだ、脅かすんじゃねぇぞ?」
「はい。よろしくお願いします。」
「あ……、こちらこそ。」
頭にターバンをつけ、色濃い隈を残したギンは任侠映画に出てきてもおかしくないくらい人相が悪いけれど、印象に反して礼儀正しい。
年下のムギにもしっかり敬語を使い、深々と頭を下げてくれる。
「パン職人つっても、ギンはまだ見習いだ。生地を練るにゃァまだ早い。当分はお前の仕事を教えてやれ。」
「わかりました。」
「ギンが仕事を覚えりゃ、お前もシフトから抜けやすくなるだろ。迷惑を掛けちまって悪かったな。」
「いえ、そんな……。」
店の責任者として、ゼフはムギの現状を気にしているらしい。
そんなふうに思ってほしくないのに。
(わたしがもっとちゃんとしないと……。)
ローのことで頭をいっぱいにしたり、楽しく恋人の真似事をしている場合じゃない。
自分のことは、自分で解決しなければ。