第11章 偽り
黒陽がお縄になり連れて行かれた後、広間で家康はため息をついた。
「全く、自分の花押を偽装するだなんて。それに一歩間違えたら罪に問われるところでしたよ。危ない橋渡りすぎ」
信じられない、と家康はぶつぶつと光秀に文句を言った。
「ねぇ家康、花押って何?」
「署名の代わりに書く記号の事だよ」
家康は文句を言いながらもさえりの質問に答えてくれた。要するに花押とは現代でいう印鑑みたいなものだと理解する。
「証拠が無いなら、作った方が早いと思ったんでな」
光秀がニヤリと笑う。それをみてさえりはふつふつと怒りがこみ上げてきた。
「もう! 心配したんですからね!!」
光秀は少し驚いたあと、また笑みを浮かべた。
「お前が心を痛める必要は無い」
声音は優しいのに、突き放されたような気がした。心配ぐらいさせて欲しいのに。
「さえり、お前は先に安土へ戻れ」
まだ後始末などやることが残っていた。それに光秀には少し気がかりな事があった。
「光秀さん、安土に帰ったら、また……」
また一緒に過ごせますか?
最後の言葉を飲み込み、さえりは潤んだ瞳で光秀を見つめる。
一瞬だけ交わった視線はすぐに離された。
「気をつけて帰れ」
さえりの頭をポンと一度だけ撫でると、光秀はそれだけ言い残し去っていった。
答えてもらえなかった。
そう感じたさえりは溢れ落ちそうになる涙を悟られないように、黙って俯いていた。